まだかわいていないので」
「なぜ、もっと早くこしらえなかったんだい」
「それが、あわてているものだから、糊を作ろうと思って、鍋《なべ》を火にかけてはこがし、かけてはこがし、とうとう三べんやり直した」
「それで、今度は出来たかい」
「ところが、やっぱり駄目、仕方がないから冷飯を手でベタベタ塗ったんだが、つばき[#「つばき」に傍点]がついているせいか、なかなかかわかない。あッはッはッ」
「こらッ、警報が出るんじゃないか。シーッ」
 不気味な沈黙が、ヒシヒシと市民の胸をしめつけていった。
「……警報! 警報! 只今関東地方一帯に空襲警報が発せられました。直ちに非常管制に入って下さい。……復誦《ふくしょう》いたします。只今……」
 そのとき、サイレンが、ブーッ、ブーッと間隔をおいて鳴りだした。これに習うように、工場の汽笛がけたたましく鳴りだした。
 五反田防護団では、警報班長の清さんが、天幕《テント》の中で、大声に叫んでいる。
「警報班のみんな。空襲警報だッ。直ちに受持区域に『空襲!』と知らせて廻れ、出動、始め!」
 と、妙な号令のかけかたをした。
 天幕の前にメガホンをもって並んでいる少年が
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