の腕の上ではねた。
「さあ旗男君。早いところ行軍を始めようぜ。――分隊前へ……」
国彦中尉はふざけた号令をかけると、正彦坊やを露子の手からうけとり、先頭に立った。浜から義兄の家まではすぐだった。
すっかり打水をした広い庭に面した八畳の間に、立派な食卓が出ていて、子守の清《きよ》がひとりで番をしていた。
「ああ、咽喉《のど》がかわいた。何よりも西瓜をはやく出せ」
義兄は洗い場で身体《からだ》を洗いながら大声で叫んだ。ホホホと、お勝手の方で姉の露子と子守の清のほがらかに笑う声がした。まったく和《なご》やかな光景だった。旗男も知らぬ間に自分ひとりで笑っているのに気がついた。
――こんな平和な家庭、こんな平和な国。……それだのに、遠く離れたS国の爆撃機をおそれなければならないのか。
国彦中尉は浴衣姿《ゆかたすがた》となり、正坊を抱いてニコニコしながら座敷へはいってきた。入れちがいに旗男は、湯殿《ゆどの》の方に立った。途中台所をとおると、大きな西瓜が、俎《まないた》の上にのっていた。旗男はのどから手が出そうだった。
風呂槽からザアザアと水をかぶっていると、隣の台所で、清の脅《おび》え
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