泳に移って沖をふりかえっていた。すると今も夕日は朱盆《しゅぼん》のように大きく膨《ふく》れた顔を、水平線の上に浸そうというところだった。それはいつに変らぬ平和な入日だった。旗男には義兄がわざと彼をおどかすためにいっているように思えてしようがなかった。
――義兄さんは高射砲隊長だから、きっとS国が空襲してくる夢ばかりみているのだろう。――
と、旗男は腹のなかで、義兄を気の毒に思ったのだった。――背の立つところまで来たらしく、先頭の義兄はヌックと立ちあがると、波を蹴《け》ちらしながら汀《なぎさ》の方へ歩きだした。
怪しい男
「まあ、おそいのねェ……」
汀のところで、女の声がした。姉の露子が一誕生を迎えたばかりの正彦坊やを抱いて迎えに来ていた。義兄はそれを見ると、とびついていった。
「ああ、正坊。お父ちゃまと、チビ叔父《おじ》ちゃまのお迎えかい。おお、よく来たね。オロオロオロオロ、ばァ」
旗男も続いて砂地にあがると、照れかくしに正坊のところへ行って、
「オロオロオロオロ、ばァ」
とやった。
「じいタン。ばァばァ」
正彦坊やは、まわらぬ口を動かしてキャッキャッと若い母
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