します」
 車掌はキッパリいって、次の車室へドンドン歩いていった。
「おお、そこの子供くん。君は可愛《かわい》い子だ」
 と、紳士は旗男のところへヨロヨロと近づいた。
「二百円あげるから、その防毒面を売ってくれたまえ。私は肺が悪い、病人だ。ね、売ってくれるだろう。三百円でもいい」
 旗男は困ってしまった。すると隣に腰をかけていた鍛冶屋の大将が、旗男をかばうようにしたかと思うと、食いつきそうな顔で紳士をにらみつけた。
「この馬鹿野郎!」
 その破鐘《われがね》のような声に吹きとばされたか、がりがり亡者の紳士は腰掛の間に尻餅《しりもち》をついた。
 それに構わず、鍛冶屋さんはすっと立ちあがった。
「さあ皆さん。毒瓦斯を防ぐとなると、お互さまに知らぬ顔をしていられません。みんなで力を合わせて、この室を早く瓦斯避難室にしなければなりません。私は東京品川区の五反田《ごたんだ》では防護団の班長をしています。後備軍曹で、職業は鍛冶屋です……」
 飛んだところまで口をすべらせるので、辻村氏があきれて、下から鍛冶屋の大将の服をひっぱった。
「……で、とにかく私が指揮しますが、文句はありませんか」
「委《
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