たします長野市附近の如《ごと》きは、窒素性のホスゲン瓦斯を落されたということでありました。そういうわけで、この列車も、毒瓦斯が車内に入ってくるのを防ぎますため、車窓も換気窓も、それから出入口の扉も絶対にお開けにならぬように願います。もちろん鎧戸《よろいど》の外には硝子戸《ガラスど》を閉めていただきます。それから扉の隙間などには、眼張《めばり》をしていただきます。眼張の材料が十分でございませんので、一つ皆さんで御相談の上、適当にやっていただきます」
これを聞いて、乗客たちは又色を失った。いよいよたいへんなことになった。この列車は毒瓦斯の中を通ることになったのだ。
「車掌さん、防毒面は貸してくれないのですか」
学生団から不安にみちた声がした。
「どうも配給がありませんので……」
「オイ車掌君。金はいくらでも出す。至急、防毒面を買ってくれたまえ」
一人の紳士があたり憚《はばか》らない声をだした。
「お気の毒さまで……。室全体の防毒で、御辛抱ねがいます」
「じゃ君に百円あげる。拝《おが》むから、ぜひ一つ手に入れてくれたまえ」
紳士は泣きだしそうな顔で紙入《かみいれ》をだした。
「お断り
前へ
次へ
全99ページ中43ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
海野 十三 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング