たら、サイレンか何かで『生水を飲むな』という警報が出せるようにきめておけばよかった」
 警官は大きな溜息《ためいき》をついた。これを横から聞いていた人々も、全身の血が逆流するように感じた。なにも知らない町の人々は、今も盛んにコレラ菌を飲んでいるのだ。そしてやがてコレラ菌のため、ことごとく死に絶えてしまうのではなかろうか。なんというおそろしいことだ。スパイの持ってきた死神の風呂敷に、直江津の町全体が包まれてしまったのだ。
「義兄さん――」
 と、旗男少年は列の中からとびだして来た。
「ぐずぐずしていないで、早く新潟放送局に電話をかけて放送してもらえばいいじゃありませんか。いま午後七時半の講演の時間をやっている頃だから、ラジオを持っている家には、井戸が使えないことをすぐ知らせられますよ」
「えらいッ……」
 中尉と二人の警官とは、声を合わせて、同じことを叫んだ。そして三人は旗男の方を一せいにふりかえった。とたんに三人はアッといって目をむいた。
「うわーッ、旗男君。その恰好《かっこう》はなんだ。早く家へ入って猿股《さるまた》をはいてこんか」
 と、国彦中尉が大喝した。それをキッカケに、井戸端
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