ある。そこはむかしから目《め》の病《やまい》に、霊験《れいけん》あらたかだといういいつたえがあって、そういう人たちのおまいりがたえない。
 しかし筆者は、いまここにお薬師《やくし》さまの霊験をかたろうとするものではなく、そのお薬師さまの裏のほうにある如来荘《にょらいそう》という、あまりきれいでないアパートの一室に、自炊生活《じすいせいかつ》をしている雨谷金成《あまたにかねなり》君をご紹介したいのである。
 雨谷君は大学生であった。
 だがその時代は、学生生活はたいへん苦しいときであったうえに、雨谷君の実家は大水《おおみず》のために家屋《かおく》を家財《かざい》ごと流され、ほとんど、無一物《むいちぶつ》にひとしいあわれな状態になっていた。しかしかれの両親とひとりの兄は、この不幸の中から立ちあがって、復興《ふっこう》のくわ[#「くわ」に傍点]をふるいはじめた。二男の雨谷金成君も、今は学業をおもい切り、故郷にかえって、ともにくわ[#「くわ」に傍点]をふろうと思って家にもどったところ、
「金成《かねなり》や、おまえは勉強をつづけたがいいぞ。そのかわりいままでみたいに学資や生活費をじゅうぶん送れ
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