ばっているごはんをもどした。そしてそのお釜を持って、壁のところへ行きそこへおこうとして、またびっくり。
「おやおや、茶わんとさらがこわれている。誰がこわしたんだろう。また買いなおすと、三十円ぐらいかかる。たまらないや」
そういいながら、雨谷はお釜をはじめの場所へおき、重いふた[#「ふた」に傍点]をかぶせた。そして寝具をちゃんとしきなおした。まくら[#「まくら」に傍点]もおいた。
「さあ、ねるとするか」
彼は上着のボタンに手をかけた。
そのときであった。がたんと音がした。釜のふた[#「ふた」に傍点]が下へすべり落ちたのである。
「おや……」
彼は目をまるくした。ふしぎなことを発見したからである。ふた[#「ふた」に傍点]を落としたお釜が、ことことン、ことことンと左右にからだをふりながら、前へはいだしてくるではないか。
雨谷君はびっくりしたが、彼はもともと勇気があったから、立ちあがってお釜をつかみあげた。そして中を見たり、ひっくりかえしておしり[#「おしり」に傍点]を見たり、こーンとたたいたりして、お釜をしらべた。
異常はなかったし、中に動物がはいっていない。彼はお釜を下においた。
下におかれた釜は、しばらくすると、またかたことと、からだをゆすぶり出した。
「ふーン、ふしぎだなあ」
雨谷はおどろいて天眼鏡《てんがんきょう》を出すと、動く釜をしげしげながめた。かれはしきりに頭をふった。釜は元気づいてカニのようにたたみ[#「たたみ」に傍点]の上をはいまわる。
雨谷君は、とつぜん天眼鏡《てんがんきょう》をひっこめてぽんと膝をうった。
「うふン。これはすばらしい金もうけが見つかったぞ。エジプト手相よりは、ずっともうかるにちがいない。二十世紀の奇蹟|今様文福茶釜《いまようぶんぶくちゃがま》――ではない文福釜《ぶんぶくがま》。……文福釜では弱い。そうだ文福茶釜二世あらわる。さあいらっしゃい。見料は見てからでいいよ、見ないは末代《まつだい》までのはじ[#「はじ」に傍点]だ。得心《とくしん》のいくまでゆっくり見て、見料はたった三十円だ。写真撮影、写生、録音、なにしてもようござんすよ。いらっしゃい、いらっしゃい、というのはどうだ」
大学生雨谷君は、すっかり香具師《やし》になったつもりである。
さあ、彼の大金もうけの計画は、うまく成功するだろうか。それにしてもふしぎなのはその釜であった。いったいどんな秘密を、この釜が持っているのであろうか。
金属Qの謎
「どうかね。なにか手がかりをつかんだかね」
長戸検事は、役所へたずねてきた蜂矢十六探偵の顔を見ると、目をすばしこく走らせてそういった。
「あなたのお気に召さない、例の方面をほじくっているんですがね」
と、蜂矢探偵は検事の机の横においてあるいす[#「いす」に傍点]に腰をおろして、にやりと笑った。
「ははあ、また“金属Q”の怪談《かいだん》か。きみも若いくせにおばけばなしにこるなんて、おかしいよ。良くいっても、きみがおとぎばなしをひとつ作ったというにすぎない」
検事は、いまいましそうに、エンピツのおしり[#「おしり」に傍点]で前にひろげてある書類をぽんぽんとたたく。
金属Qとは? それは本篇のはじめにご紹介したが、針目博士の日記と研究ノートのなかから蜂矢探偵がひろいあげた謎にみちた物件であった。
金属Q!
それはほんとうに実在するのか。それとも針目博士が頭の中にえがいていた夢にすぎないのかそのどっちか、よくはわからなかった。第一、博士の書き残してあるものを読みあさっても、金属Qなるものがどんなものやら、そしてどんな性質をもっているものやら、そこらがはっきり書いてない。そのうえに、博士の書いてある説明は現代において、普通に知られている理学《りがく》の範囲《はんい》をかなりとび出していて、解《かい》することがむずかしい。正しいのか、まちがっているのか、それさえ判定がつきかねる。
だが、蜂矢十六は、そういうわけのわからないものの中に、自分も共にわからないでころがっているのは、おろかであると思った。じぶんは探偵だ。金属Qの理学に通じ、その論文を完成するのは、世の学者たちにまかせておけばいい。じぶんは身をもって金属Qという、怪《あや》しき物件《ぶっけん》にぶつかり、それを手の中におさえてしまえば、それでいいのであった。そしてそれはいそがねばならない。
そこで蜂矢は、すこぶる大胆《だいたん》に、つぎの仮定を考えた。
一、金属Qという怪物件《かいぶっけん》が実在《じつざい》する。
二、金属Qは、人造《じんぞう》されたものである(針目博士だけが、それを創造《そうぞう》することができるらしい)。
三、金属Qは、生命《せいめい》と、思考力《しこうりょく》とを持っている。
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