蜂矢は、この三つの条件をそなえた金属Qが実在すると、かりに信じ、これをレンズと見なし、そのレンズを通してこれまでの怪事件を、見なおしたのであった。そのけっか、長戸検事のところへ出むいて、もう一度おとぎばなしをする必要を感じたのだ。
「検事さんもごらんになった、あの第二研究室の中の棚に並んでいた、へんな試作物《しさくぶつ》のことですがね。たしか『骸骨《がいこつ》の一』から『骸骨の八』までの箱がならんでいたそうですが、あの中にあったへんな試作物こそ、金属Qの兄弟だったんじゃないですかね」
「ふーン」
検事は、天じょうのすみを見あげて、ため息ともうなり声ともつかない声を発した。
――そうだ。たしかにじぶんは「骸骨の一」とか「骸骨の二」とか札のついていたものを見物《けんぶつ》した。それは、すこぶるかんたんな立体幾何学的《りったいきかがくてき》な模型《もけい》のような形をしていた。
大小三つの輪が、からまりあっているような、そしてかごのできそこないみたいにも見えるものがあった。あれがたしか「骸骨の一」であった。
それから、三本の直線の棒が平行にならんでいて、そのあいだに助骨《ろっこつ》のように別のみじかい棒が横にわたっていて、もとの三本の直線の棒をしっかりとささえていた。それが「骸骨の二」であったと思う。じぶんは、ふしぎに思ったので、よく見て、いまもわすれないでいるのだ。
そのつぎに「骸骨の三」は前の二つのものよりずっと複雑なものだった。いやにまがりくねった透明《とうめい》の糸みたいなものが走っていて、なんだかクラゲのような形をしていた。
さてそのつぎの「骸骨の四」という仕切りの中を、針目博士が開いて、おどろきの目をみはったのだ。その箱の中には、かんじんの物件《ぶっけん》がはいっていなかった。
“どうしたのだろう。わけがわからない”
と博士が叫んだ。その直後、さっきからじりじりと焦《じ》れていた川内警部が、火のついたような声で叫んだため、なにかそれが刺《し》げきとなったらしく、博士は“危険だ、みなさん外へ出てください”と追い出し、そしてそのあとであの爆発が起こったのだ。してみれば、「骸骨の四」が紛失《ふんしつ》していたことがひとつの手がかりかもしれない。いま、蜂矢探偵が、あのへんな透明な針金細工《はりがねざいく》のようなものを、金属Qの兄弟ではないかとうたがっているのも、根拠《こんきょ》のないことでもないと思われる。そこで検事はいった。
「……もし、そうだったら、どうしたというのかね」
「殺人事件の起こるまえに、金属Qだけは、第二研究室から逃げ出していたんです。博士は、それに気がつかないでいた。その金属Qは、お手伝いさんの谷間三根子《たにまみねこ》の部屋にもぐりこんでいた。そして彼女を殺したのです。三根子の両手両腕、肩や胸などに傷がたくさんついていますが、あれはみな、金属Qとわたりあったときにできた傷だと思うんです。どうですか」
蜂矢は、にやにやと笑った。そのとき検事の方は、さっきとはちがってかたい表情になっていた。だが、黙《もく》していた。
殺人者の追跡
「そののちになって、川内警部が足首の上を斬られ、田口巡査はほおを斬られましたね。あれもみな、金属Qのやった第二、第三の事件なんです。これはどうです」
蜂矢探偵は、いよいよ検事のほうへ向きなおって、検事の答えはどうかと、目をすえる。
検事は、目をとじた。そして無言《むごん》だ。
「そう考えると、針目博士邸《はりめはくしてい》における三つの殺人傷害事件《さつじんしょうがいじけん》も、かんたんに答が出てしまうのですがねえ。どうです検事さん。このおとぎばなしを採用なさったらどうですか」
検事が、やっと目をあけた。かれは、エンピツのおしりで書類のうえをぴしりとうった。
「だめだ。いくら答がうまく出ようと、仮定のうえに立つ答は、ほんとの答とはいえない。金属Qがはたして谷間三根子を殺したか、川内君を斬り、田口巡査を斬ったか。そのところの証明ができないかぎり、その答を採用するわけにはいかん。まさか検事が全文おとぎばなしの論告はおこなえない」
そうはいったが、検事も「もし犯人が金属Qならば」の仮定をおいて、答がずばりとでるその明快《めいかい》さには、心をうごかされているようすであった。
蜂矢はかるくうなずいた。その仮定さえ証明できれば、検事も了解《りょうかい》すると見てとったからである。
「さあ、その仮定《かてい》が真《しん》なりという証明ですが、これは針目博士に会って聞けば、一番はっきりするんです。しかし困ったことに針目博士は姿を消してしまった」
「針目は死んだと思うか、それとも生きていると思うか、どっちです」
「みなさんの調査では、針目博士はからだを粉砕
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