られなかった。いや、例外がある。針目博士だけは、足をぶるぶるふるわせながらも立っていた。
「でよう。この部屋からでよう」
 長戸検事が叫んだ。すると川内警部ははっていって戸口を押した。戸口はびくともしなかった。
 それを博士が見たものと見え、とぶようにかけて来て、ハンドルをまわして戸をあけると、五人はあらそうようにして、外へとび出した。
 五人の係官が出てしまうと、戸はもとのようにしまった。博士がしめたのである。
 検事たちは、まだ二つのドアを開かねばならなかった。文字どおり必死で、ようやくドアを開いて、第一研究室へ出ることができた。一同の足は、そこでもとまらなかった。あきれ顔の人たちや他の警官の前をすりぬけて、一同は庭へころげ出た。
 そしてほっと一息ついたおりしも、天地もくずれるような音がして、目の前にものすごい火柱《ひばしら》が立った。第二研究室が、大爆発を起こしたのだった。なにゆえの爆発ぞ。針目博士はどうしたであろうか。


   事件|迷宮《めいきゅう》に入る


 第二研究室の爆発のあと、針目博士のすがたを見た者がない。
 爆発による被害は、さいわいにも第二研究室だけですんだ。それはまわりの壁が、ひじょうにつよかったせいで、爆発と同時に、すべてのものは弱い屋根をうちぬいて、高く天空《てんくう》へ吹きあげられ、となりの部屋へは、害がおよばなかったわけだ。
 焼跡は一週間もかかって、いろいろ念入りにしらべられた。
 だが、この室内にあったものは、すべてもとの形をとどめず、灰みたいなものと化《か》していた。よほどすごい爆発を起こし、圧力も熱もかなり出たらしい。なにしろ鋼鉄《こうてつ》の棒《ぼう》ひとつ残っていないありさまだった。
 捜査は、とくに針目博士の安否《あんぴ》に重点《じゅうてん》をおいておこなわれたが、前にのべたように博士のすがたは発見できなかった。また人骨《じんこつ》の一片《いっぺん》すら見あたらなかった。
 もしや博士は地下室へでものがれたのではないかと、焼跡《やけあと》を残りなく二メートルばかり掘ってみたが、出てくるものは灰と土ばかりで、なんの手がかりもなかった。
「どうもこのようすでは、博士は爆発とともにガス体《たい》となり、屋根をぬけて空中へふきあげられちまったんじゃないかね」
 川内警部は、おしいところで重大容疑者《じゅうだいようぎしゃ》に逃げられてしまったという顔で、こういった。
 長戸検事はしょんぼりと立ちあがった。
「みんな引揚《ひきあ》げることにしよう。もうわれわれの力にはおよばない」
 これをもって、お三根殺害事件《みねさつがいじけん》をはじめ二つの怪傷害事件《かいしょうがいじけん》も、いまはまったく迷宮入《めいきゅうい》りとなってしまった。
 だが、事件捜査は、ほんとに終ってしまったわけではなかった。
 その筋では、どういう考えがあったものか、この事件の捜査をこれまでどおり検察当局の手でつづけるとともに、それと平行して、私立探偵の蜂矢十六《はちやじゅうろく》に捜査を依頼したのであった。
 私立探偵蜂矢十六!
 この若い探偵について、一般に知る人はすくない。しかし検察係官の中には、蜂矢十六を認めている人が、かなりある。かれの特長は、科学技術と取り組んでおそれないこと、かんがするどいこと、推理力にすぐれていること、それから、ひとたび獲物《えもの》の匂《にお》いをかいだら、猟犬《りょうけん》のように、どこまでも追いかけ、追いつめることなどであった。
 だがかれにも欠点はあった。それはまず第一に年が若いために、古いものにあうとごまか[#「ごまか」に傍点]されやすいこと、どんどん走りすぎて足もとに注意しないために、溝《みぞ》へおっこちるようなことがあること、すこしあわてん坊であること、それからタバコをすいすぎることなどであった。かれはひとりの少年を助手にもっていた。それは小杉二郎《こすぎじろう》という、ことし十四歳になる天才探偵児《てんさいたんていじ》であって、この少年がいるために、蜂矢はずいぶんあぶない羽目から助かったり、難事件をとくカギをひろってもらったりしている。
 しかし蜂矢探偵は、めったにこの少年とともに外をあるかない。ふたりはたいていべつべつにわかれて仕事をする。これは蜂矢探偵の考えによるもので、べつべつにはなれていたほうが、おたがいの危険のときに助けあうこともできるし、また事件の対象を両方からながめるから、ひとりで見たときよりも、正しく観察することができるというのであった。
 これはなかなかいい考えであった。
 さて蜂矢十六は、この事件のこれまでのあらましを、長戸検事の部屋で、検事からひと通り聞いた。検事は人格の高い人であったから、自分たちの失敗やら、とくことのできなかったことを、つ
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