[#「わきばら」に傍点]をついた。やはりこの博士は気が変だよというつもりだった。警部の顔に、決心の色が見えた。かれは、いつもの大きな声になって、博士にいった。
「陳列棚に戸のしまっている棚がたくさんある。あれもいちいち開《ひら》いて見せなさい」
博士のおどろきは絶頂《ぜっちょう》にたっした。かれはふるえる自分の指をくちびるに立てた。そしてあきらめたというようすで、ふたりをさしまねいた。
博士のうしろに勝ちほこった川内警部と、いよいよむずかしい顔の長戸検事がついていく。
おそろしい異変
針目博士は、陳列棚《ちんれつだな》の前に立って、戸のしまっている棚を一《ひ》イ二《ふ》ウ三《み》イと八つかぞえた。その小さい戸の上には、骸骨《がいこつ》のしるしと、それから一、二、三の番号とが書きつけてあった。
博士は、用心ぶかく「骸骨の一」の戸を、しずかに手前へ引いた。
中には、おなじようなガラス器があり、それの中に見られたものは、よく見ないとわからないほどの細い針金でもって、だ円形《えんけい》のかごのような形を、あみあげたものだった。
検事にも警部にも、それはすこしも、おどろきをあたえないものだった。
「骸骨の二」の戸を開くと、そこにもやはり細い針金ざいくのかごのようなものがあった。これは三稜《さんりょう》の柱《はしら》のようであった。
川内警部は、早くもその前を通りすぎて、つぎなる戸の前へ行ったが、長戸検事はその前に足をとどめて、首を横にかしげた。彼はその三角形の柱が、なんだか背のびをしたように感じたからである。
「骸骨の三」には、やはり針金で、クラゲのような形をしたものがはいっていた。警部はいよいよがまんがならないというふうに、鼻をならした。博士がおどろいて、警部の方をふりかえり、嘆願《たんがん》するようにおがんだ。それから「骸骨の四」の戸のまえへ進んで、それを開いた。
とたんに博士の顔が、大きなおどろきのためにゆがんだ。博士いがいの者にはわからないことだったが、「骸骨の四」のガラス箱の中はからっぽだったのである。
博士は顔色をかえたまま、係官をつきのけるようにして、左側の壁にはめこんである配電盤の前にかけつけた。そしてほうぼうのスイッチを入れたり、計器の針の動きをにらんだり、ブラウン管の緑色の光りの点の位置を、目盛りで読んだりした。
「針目さん。なにか起こったのですか」
検事が博士のそばへ寄って、低い声でいった。
「大切にしていたものが、なくなりました。いったいどうしたのか、わけがわからない……」
すると川内警部がやってきて、博士の腕をむずとつかんだ。
「きみ、ごまかそうとしたって、そうはいかないよ。あと骸骨《がいこつ》の戸《と》は五、六、七、八と四つあるじゃないか。早く開いて見せなさい」
「あ、そんな大きな声を出しては――」
「これはわしの地声《じごえ》だ。どんなでかい声を出そうと、きみからさしずはうけない」
警部がどなるたびに、配電盤の計器の針がはげしく左右にゆれた。
そのときだった。室内にいた者はきゅうにひどい頭痛《ずつう》にみまわれた。誰もかれも、ひたいに手をあてて顔をしかめた。
それと同時に、骸骨のしるしのつけてあった陳列棚から、すーっと黒い煙が立ちのぼった。しかし「骸骨の四」のところからは出なかった。
「もう、いけない。危険だ。みなさん、外へ出てください」
博士が叫んで、さっき一同のはいって来た戸口の方をゆびさした。しかしその戸は、しっかりしまっていた。
「どうしたんです、針目博士」
検事がおどろいてたずねた。
「もうおそいのです。警部さんが、この部屋にねむっていた大切なものの目をさましてしまった。えらいことが持ちあがるでしょう。早くその戸口から逃げてください」
そういう間も博士は、まん中にすえてあったテーブルの横戸《よこど》を開き、その中から潜水夫のかぶと[#「かぶと」に傍点]のようなものを引っ張り出して、すっぽりとかぶった。それから両手に、大げさに見えるゴムの手袋をはめ、同じくテーブルの横からたいこ[#「たいこ」に傍点]に大きなラッパをとりつけたようなものをつかみ出し、たいこの皮のようなところを棒で力いっぱいたたきつづけた。しかしそれは音がしなかった。そのかわり、ラッパのような口からは、銀白色《ぎんはくしょく》の粉《こな》が噴火《ふんか》する火山灰《かざんばい》のようにふきだし、陳列棚の方からのびてくるきみのわるい黒い煙をつつみはじめた。
黒い煙は、いったん銀白色の膜《まく》につつまれたが、まもなくそれを破って、あらしの黒雲《くろくも》のように――いや、まっくろな竜《りゅう》のように天じょうをなめながら、のたくりまわった。このとき頭痛が一段とひどくなって、もう誰も立ってい
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