頭痛のするのをこらえているのは、ばかな話だと思った。
検事は、つぎの部屋を見るから案内するようにと、博士にいった。博士は、いす[#「いす」に傍点]からのそりと立ち上がった。
どんな光景が、つぎの部屋に待っていることか。
三重《さんじゅう》のドア
第二研究室へはいりこむのは、たいへんめんどうであった。
ドアだけでも、三重になっていた。
しかもそのドアは、どういう必要があってかわからないが、大銀行の地下大金庫のドアのように、厚さが一メートル近くあるものさえあった。第三のドアが、いちばんすごかった。
それをあけると、がらんとした部屋が見えた。水銀灯《すいぎんとう》のような白びかりが、夜明け前ほどのうす明かるさで、室内を照らしつけていた。
博士は、らんらんとかがやく眼をもって、係官たちの方をふりかえった。そして、自分のくちびるに、ひとさし指をたてた。それからその指で、自分の両足をさした。いよいよ室内へはいるが、無言《むごん》でいること、足音をたてないことを、もういちど係官たちにもとめたのであった。
それから博士は、足をそっとあげて、室内へはいった。
長戸検事も、それにならって、しずかに足をふみいれた。
川内警部は、ことごとに、鼻をならしたり、舌打《したう》ちをしたりして、針目博士《はりめはくし》に反抗の色をしめしていたが、第二研究室にはいるときだけは、検事にならって、しずかにはいった。
そのあとに、三人の部下がはいった。
はいってみると、この部屋は天じょうがふつうの部屋の倍ほど高く、ひろさは三十坪ばかりであった。がらんとした部屋と思ったが、それは入口の附近の壁を見ただけのこと、それはいちめんに蝋色《ろういろ》に塗られて、なにもなかった。
左を向いて、奥正面と、右の壁とが、陳列室よりも、もっとひろい棚《たな》があり、まえにドアつきの四角い陳列棚《ちんれつだな》が、それぞれ小さい番号札をつけて、整然とならんでいた。壁のいちめんに、百個ぐらいの棚がある。
左の壁は、電気装置のパネルが、ところせましとばかりはめこんであり、背の高い腰かけが一つおいてある。
部屋のまん中に、箱がたのテーブルがひとつおいてある。そしてその上に、ガラスでつくった標本入れの箱が一つのっている。
これだけの、べつに目をうばうほどの品物も見あたらない部屋だったが、気味《きみ》のわるいのは、この部屋の赤や黄を欠《か》く照明と防音装置だった。それにあとで検事たちも気がついたことだが、気圧がかなり低かった、係官のなかには、鼓膜《こまく》がへんになって、頭を振っている者もあった。
博士は、係官を手まねきして、陳列棚の前を一巡《いちじゅん》した。
陳列棚のうちそのドアが開かれて、壁の中におし入れてあるものは、ガラス容器が見られた。検事や警部は、前へ進んで、一生けんめいにその中をのぞきこんだ。
ふたりは、目を見あわせた。
ガラス箱の中には、下の方にかたまったゼラチンのようなものが、三センチほどの厚さで平《たい》らな面を作っており、その上に、つやのある毛よりも細い金属線らしいものがひとつかみほど、のせてあった。
(何でしょうか)
(何だかわからないねえ)
警部と検事とは、目だけでそんなことをかたりあった。
それに類するものが、他のガラス箱の中でも見られた。
警部は検事に耳うちをした。それから警部は針目博士を手まねいた。
「これは何ですか。説明を求めます」
警部が声を出したので――その声はかれ、川内警部にしては低い声だったが、針目博士の顔色をかえさせた。博士はあわてて警部を戸口に近いところへひっぱって行き、
「こまるですなあ、そう大きな声を出しては……」
「職権《しょっけん》を行使《こうし》しているのに対し、きみはそれをとやかくいう権利はない」
「こまった人だ。あとで後悔しても追っつかんのですぞ」
と博士は悲しげにまばたいて、
「これらのものが何であるかは、さっきもちょっといいかけましたが、あとで隣の部屋で申しあげます」
「いや、いまいいたまえ、あとではごまかされる」
そういっているとき、検事もふたりのそばへ歩みよった。
「この部屋には、よほど大切な試験材料がおいてあるらしいね」
「試験材料というよりも、わたしが全霊全力《ぜんれいぜんりょく》をうちこんで作った試作生物《しさくせいぶつ》なんです」
「あの針金《はりがね》の屑《くず》みたいなものは何ですか。あの中に、その生物がかくれているんですか」
「そうではないのです……。いくどもお願いしますが、説明はあとで隣室《りんしつ》ですることでおゆるしください。もしもかれらをくるわせて、悪魔のところへやるようなことがあったら、まったく天下の一大事ですからね」
警部が検事のわきばら
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