「それも明白《めいはく》。あの二十世紀文福茶釜、じつはアルミ製の釜だが、あの中にQがまじっていたのです。そうでなければ、釜が踊ったり綱わたりができるものではない」
「なるほど、では、なぜQが茶釜になったのですかな」
「針目博士邸――いやこの研究所からとび出したQがねえ、きみ、道ばたで、アルミの屑《くず》かなんかをふとんにして寝ていたんだ。Qは金属だから、金属をふとん[#「ふとん」に傍点]にしたほうが気持よく眠られる。そこで寝ていたところを、人がひろって屑金問屋へ持っていったんだ――いったんだろうと思う。Qは金属がたくさん集まっているので、いい気になって、その中に寝てくらしているうちにある日、熔鉱炉《ようこうろ》の中に投げこまれ、出られなくなった。そのうちに、鋳型《いがた》の中につぎこまれ、やがて、かたまってお釜になっちまった。そうなると出ることができない。やむをえず、文福茶釜を神妙につとめたんだというわけ。そんなところだろうと思う」
 博士は、まるで見てきたように、かたってきかせたのであった。もう時間は残りすくない。


   Qの興奮《こうふん》


「文福茶釜が綱から落ちてこわれたのはどういう事情でしょう。あれは博士が何か器械をつかって茶釜を落としたといううわさもありますがね」
「そのとおり、博士、いやわしは、見物席にまじっていて、Qの運動の自由をうばう特殊電波を茶釜にむけて発射した。そこで茶釜は落ち、こわれてしまったというわけ。わしはあんなあやしげな見世物《みせもの》を、一日も早くなくしてしまわないといけないと思って、思いきってそれをやったのだ」
「あなたが、その場からお逃げになったのはどういうわけです。逃げなければならない理由はないと思いますがね」
「なあに、あの場でわあわあさわがれるのがいやだったからだ。それにわしは――わたしはぼろ服をまとって変装していたのでね。新聞記者にでもつかまれば、いいネタにされてしまうから、こいつは逃げるにかぎると思って逃げたんだ」
 博士の説明は、水を流すように、よどみがなかった。
「まあ、それで――茶釜がこわれたので、Qは解放されて、自由に動きまわれるようになったのですね」
「そのとおりだ。それでマネキン人形をつけて、それをあやつるようになったんだが、その途中Qは、じぶんのからだの一部分が欠けていることに気がつき、それを一生けんめいにさがしてあるいた形跡がある。そこにいる蜂矢君のところへも、Qはおしかけたようだ。そうではなかったかね、蜂矢十六先生」
 さっきから蜂矢十六は、検事と博士を底辺《ていへん》の二頂点《にちょうてん》とする等辺三角形の頂点の位置に腰をかけて、からだをかたくして聞いていたが、とつぜん博士に呼びかけられて、はっとわれにかえった。
「ああ、そんなこともありました。博士のおっしゃるとおりです」
 博士はまんぞくそうにうなずいた。
「なぜ、Qはここから逃げ出したのでしょうか、ここにいれば一等安全でもあり、おもしろい目にもあえるし、博士からもかわいがられたでしょうに。どうしてでしょうか」
 と、長戸検事は、博士が息つくひまもないほど、すぐさま質問の矢をはなった。もうあと一分間ばかりで、約束の時間がきれる。
「それはきみ、すこしちがっているよ。Qはここにおられなくなったんだ。かれは殺人をやって、ひどく興奮したんだ。その殺人は、かれが計画したものではなく、ぐうぜん、若い女を殺してしまったので、かれの興奮は二重になった。そこへ警官がのりこんでくるし、かれはいよいよあわてた、かれは生きものなんだから、そのように興奮したり、あわてたりするのは、あたりまえだ。そうだろう」
「ごもっともなご意見です」
「かれはね、Qとして生命をえて、うれしくてならない。第二研究室の中で、ひとりぴんぴんとびまわっていたのだ。このときわしは二つの失策をしている。一つは、Qがそんなに活動的になっていることを知らなかったんだ。まだまだ、クモがはうぐらいのものだと思っていた。ところが実際は、Qは三次元空間《さんじげんくうかん》を音よりも早くとびまわることができたんだ」
「なるほどなあ」
「よろしいか。それから二つには、わしはうっかりしていて、かれQがかぎ[#「かぎ」に傍点]穴から抜け出せるほど小さくて細長いからだを持っていることを考えずにいたんだ。だから、ある夜、Qはかぎ穴から外に広い空間があることに気がつき、かぎ穴から抜け出したのだ。つぎの室にはわしがいたが、ちょうど文献《ぶんけん》を読むことに夢中になっていたので、Qはそのうしろを抜けて、戸のすき間から廊下へ抜け出した。わかるだろう」
「ええ、よくわかりますとも」
「それからお三根《みね》さんの部屋へはいりこんだ。めずらしい部屋なので、Qはよろこんで踊りまわって
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