いると、お三根が寝床《ねどこ》から起きあがった。水を飲みに行くつもりか、かわや[#「かわや」に傍点]へ用があったのか、とにかく起きあがったところへ、Qがとんでいってお三根ののど[#「のど」に傍点]にさわった。Qのからだはかみそり[#「かみそり」に傍点]の刃《は》のようにするどいので、お三根ののど[#「のど」に傍点]にふれると、さっと頸動脈《けいどうみゃく》を切ってしまったのだ。思いがけなく、Qは人間の死ぬところを見て興奮した。そして、朱《あけ》にそまって死んでいくお三根のまわりを、なおもとびまわったので、お三根のからだのほうぼうを傷つけた。どうだ。わかるかね」
「よくわかります。それだけよくごぞんじだったのに、あなたはなぜはじめに、そのことをわれわれに説明してくださらなかったのですか」
「おお……」
と、博士はうめいた。
「これは最近になって、わしがつけた結論なんだ。事件当時には、わしもあわてていて、なにも判定することができなかったんだ」
博士の話は、なかなか鋭いところをついていた。思いがけない殺人に、みずから興奮してあわてたQは、お三根の部屋でうろうろしているうちに、すっかり疲れてふとん[#「ふとん」に傍点]のすそに眠ってしまったところを、川内警部がぎゅうと踏みつけたので、Qはおどろいて目をさまし、とびあがった。そのときかみそりのように鋭いQが、警部の左の足首にさわったので、さっと斬ってしまったのだ。
Qはいよいよおどろき、戸口から廊下へとび出し、もとの研究室へひきかえした。そのとき田口警官が、廊下をこっちへやってくるのとすれちがった。すれちがうとたんに、Qは田口の右ほおにさわって斬ってしまった。
そこでQはますますあわて、その建物から外へとびだした。そうして人に拾われるようなことになったのだ。
と、博士は見ていたように、話をしたのである。
その話の間に、約束の時間は過ぎてしまった。だが博士は、それに気がつかないのか、しゃべりつづけた。興奮の色さえ見せて、かたりつづけたのであった。
大団円
「おどろきました、感じいりました」
と、長戸検事は厳粛《げんしゅく》な顔になっていった。
「あなたはどうしてそこまで、おわかりになったのでしょう。Qをお作りになったのは、あなたであるにしても、Qの行動をそこまでくわしく知る方法とか器械があるのでしょうか」
博士は、はっとしたようすだった。きゅうにふきげんになった。そして腕時計を見た。
「おお、もう約束の十五分間は過ぎている。会見は終りにします。これ以上、なにもしゃべれません。さあみなさん、出ていってもらいましょう。はじめからの約束ですから」
だんだんと語勢《ごせい》を強くして、博士は手をあげ、戸口《とぐち》を指した。
「わたしのいまの質問は、いちばん重要なものですから、きょうの会見のさいごに、それだけはお答えください」
検事は、くいさがる。
「おたがいに約束は守りましょう。さあ、いそいで帰ってください」
と、博士は、ますますこわい顔つきになって、検事をにらみすえた。
「まあ、もうしばらく待ってください。博士、もしあなたがこの答えをなさらないと、あなたは不利な立場におかれますが、かまいませんか」
「答えることはしない。何者といえども、わしの仕事をじゃますることをゆるさない。じゃまをする者があれば、わしは実力を持って容赦《ようしゃ》なくその者を、外へたたき出すばかりだ」
博士の全身に、気味のわるい身ぶるいが起こった。
蜂矢十六は、このとき検事のうしろに、ぴたりと寄りそって、なにごとかを検事に耳うちした。それを聞くと検事は夢からさめたような顔になって、うなずいた。検事は、博士に向かって、ていねいに頭をさげた。
「たいへん失礼をしました。おゆるしください。それでは、わたしどもはこれでおいとまいたします。また明日、五分間ほどわれわれに会っていただきたいと思いますが、いかがですか」
「ばかな。もう二度ときみたちの顔を見たくない。早く出ていくんだ」
「ああ、たった五分間です。それも博士のご都合のよろしい時刻をいっていただきます」
「いやだ。帰りたまえ」
「すると明日はご都合がわるいのですかな。どこかお出かけになりますか」
「よけいなことを聞くな」
「では、明後日にどうぞお願いします」
「じゃ、明日会うことにしよう。午後二時から五分間、時刻と面会時間は厳守《げんしゅ》だ」
とつぜん博士が態度をかえて、いったんことわった明日の会見を約束した。検事はほっとした。
博士もなんとなくなごやかな顔にもどった。
「では、失礼しましょうや、長戸さん」
蜂矢がうながした。博士に一礼すると、カバンを抱《かか》えるようにして、戸口から外へでた。
さて、その翌日のことだったが、き
前へ
次へ
全44ページ中42ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
海野 十三 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング