とにかくこれは容易《ようい》ならぬ事件だ」
長戸検事は顔をしかめた。
いったいお三根は誰に、どうして殺されたのか。凶器《きょうき》はどこにあるのか。おなじ屋根の下に一生けんめい研究をつづけている針目博士に、この事件は関係が有るのかないのか。謎はいつとかれるのであろうか。
白昼《はくちゅう》の怪《かい》
長戸検事の面上に、ゆううつな影がひろがっていく。まったく奇怪《きかい》な事件だ。
室内には、犯人のすがたが見つからない!
そしてこの部屋は密室で、出入りをすることができないようにしまりがしてあった。
凶器もまだ発見されない!
しかもあのとおり、若い婦人が頸動脈をみごとに斬られて絶命《ぜつめい》している!
けっして自殺事件ではない!
理屈《りくつ》にあわない事件だ。奇怪な事件だ。
いや、理屈にあわないとはいいきれない。いま一時、この場のようすが理屈にあわないように見えるだけで、ほんとうは、これで完全に理屈にあっているのにちがいない。ただ、その正しい理屈が、まだ発見されていないのだ。とけていないのだ。
この一見、理屈にあわない事件の謎を、どうといたらいいのか。
長戸検事が、次第にゆううつな顔つきになっていくのもむりはない。
「もう一度、この部屋をねん入りに捜査《そうさ》してくれたまえ。兇器《きょうき》、指紋《しもん》、証拠物件《しょうこぶっけん》、死者の特別の事情に関する物件など、よくさがしてくれたまえ」
検事は、連れてきた川内警部《かわうちけいぶ》をはじめ、部下たちにそういって捜査を再開させた。
「田口君、この家の主人には会見したのかね」
検事はそういって、一番はじめにこの邸《やしき》へかけつけた警官にたずねた。
「いいえ、まだです」
「それは、どうして……」
検事は、合点《がてん》がいかないという。
「私は、ここへくる早々《そうそう》、この邸の雇人をつうじて会いたいと申しこんだのです。しかしその返事があって“今いそがしいから会えない。邸内は捜査ご自由”ということなんで、そのまま仕事を進めていました」
「なるほど。しかしそれは変っている人だなあ」
「それは検事さん。針目博士といえば、変り者として、この近所ではひびいているのです」
長戸検事はあとのことばを、田口警官の顔の近くへ口をよせていった。
「きみは、これからその主人に会って、検事がお会いしたいといっていると、会見を申しこんでくれたまえ」
「はい」
田口警官は、この部屋を出ていった。
長戸検事は、そのあとで室内をぐるぐる見まわしていたが、やがてかれの目は一点にとまった。それはこの部屋のまん中に、天じょうからさがっている電灯《でんとう》のガラスのかさ[#「かさ」に傍点]であった。
検事は歩きだして、そのまま下までいった。かさは検事の頭よりわずかに高かった。
「かけている。かさがかけている。新しいきずだ」
「ああ、そのガラスの破片《はへん》なら、ここにこれだけ落ちていました」
と、検事の部下の巡査部長の木村が、紙片に包んであったものをひろげて見せた。
「その破片は、このかさにあうかしらん」
「はい。ぴったりあいます。さっきためしてみました」
検事は、まんぞくそうにうなずいた。
「この入口のドアをこわす前に、この室内でガラスのこわれる音がしたと、この家の人たちは証言しているが、そのときこわれたのは、この電灯のかさなんだ。すると、被害者ではない他の生きている人間が、そのときこの室内にいたことになる。おそらくそれが犯人であろう」
検事は、ここまでは明快な判断をくだした。しかしそのところでかれは、はたとつまった。
「……しかるに、この部屋をひらいて中をしらべてみたが、被害者いがいに人間のすがたはなかったのだ。おかしい。……犯人はどうしてもあのとき、この部屋の中にいたにちがいないのに、なぜすがたを見せないんだろう」
検事は、しきりに小首《こくび》をかしげている。
「検事さん。この部屋は密室と見せかけて、じつはどこかに秘密の出入口があるのではないでしょうか」
と、木村巡査部長はいった。
「そこから犯人は、いち早く逃げだしたという考えだね。そうなれば、早くその秘密の出入口を見つけてもらいたいものだ」
「いま一生けんめいに心あたりをさがしているんですが、まだ見つかりません。この家の主人が出てきたら、といただしていただくんですね。主人ならかならず知っているはずですから」
「なるほど」
「検事さん。ここの主人は、どうもくさいですよ。わたしは第六感でそう感じているんですが……」
といっているとき、とつぜん室内で大きな声がした。
「あっ、やられたッ。誰か手をかしてくれ。足を斬られた」
その叫び声は、ふとった川内警部の声だった。警部は部屋の一
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