》の建物の中に部屋をあたえられて住んでいた。もっともそれは主家《おもや》から廊下《ろうか》がのびてきているとっつきの部屋であった。
 お三根がそこにいるわけは、博士が仕事をしているとき、きゅうに雑用ができた場合に、すぐさまとんで行けるためだった。
 博士は主家に寝室があったが、研究は徹夜でつづけられることもすくなくなかったし、またそのまま研究室の長いすで寝てしまうこともあったから、どっちかというと、博士はいつも研究室の屋根の下で暮らしていたといったほうがよいであろう。
 さてそのお三根は、三月一日の朝、いつまでたっても起きてくるようすがないので、朋輩《ほうばい》の者どもがふしんに思い、お三根の部屋のまえに集まって、入口のドアをわれるようにたたきつづけた。
 だが、お三根はやっぱり起きてこなかったし、部屋の中で返事もしない。そこで一同は、いちおう主人の博士のゆるしを乞《こ》うたうえで、力をあわせてそのドアをぶちこわしにかかった。
 ドアには、内側からかぎ[#「かぎ」に傍点]がかかっていたので、このドアにみんなが力をあわせてからだをぶっつけてこわすしか、いい方法がなかったのだ。貞造《ていぞう》という男と、お松とおしげというふたりのお手伝いさんの三人が、このドアにぶつかったのだ。しかしなれない仕事のこととて、はじめはうまくいかず、からだが痛くなるばかりなので一息ついて休んだ。
「だめだねえ」
「だって、錠《じょう》をこわすのはなんだかもったいないようでね、力がはいらないよ」
「それどころじゃない。早くあけてみないととんだことになるぞ。お三根どんは死んでいるんじゃないかね」
「まさかね。あんな元気のいい人が、心臓まひでもあるまいよ」
「さあ、もう一度力を出して、やってしまおう。こんどは何としてでも錠をこわしてしまうんだよ」
 三人は、ふたたびドアの方へよってきて身がまえた。
 と、そのとき部屋の中で、がちゃんとガラスがこわれるような音がした。
「あれッ、中で音がしたよ」
「お三根さん、起きているんだよ。ひとが悪いわね」
 そこで彼らは、かわるがわるお三根の名を呼んだ。だが、そのこたえはなかった。
「誰か中にいるんだよ。おお、こわい」
「ネズミじゃないかしら」
「ネズミがあんな大きな音をたてて、ガラスをこわすもんですか」
「とにかく、これはただごとじゃないよ。わしらだけであけるのはやめて、お巡《まわ》りさんにきてもらったうえでのことにしようや」
 男の貞造が、そういって尻《しり》ごみをしたので、お松とおしげもきゅうに、こわさが増《ま》して、もう力を出す気がなくなった。
 そこでもう一度、奥の主人にことわったうえ、おしげが交番へ警官を呼びにいった。
 やがて若い警官の田口さんというのがきてくれた。そこでこんどは四人が力をあわせて、ドアにぶつかった。
 四、五回ぶつかると、錠《じょう》がこわれて、重いドアは風を起こして、さっと内側に開いた。
「ああッ……」
「こわい!」
 ねまきを着たお三根が、入口からすぐ見える部屋のまん中に、あけにそまって倒れていた。
 その部屋は、あとでたたみの間になおした部屋であったが、広さは十二畳もあった。お三根の寝床は左の壁ぎわにしいてあったが、お三根の死体はその中にはなく、たたみの上にあったのだ。
 寝床は、この中で寝ていたお三根が何かの理由があって、ふとんをはねのけてはいだしたものと察せられた。
 お三根は、左の頸動脈《けいどうみゃく》を切られたのが致命傷《ちめいしょう》であることがわかった。なお、お三根の両手両腕と顔から腕へかけたところに、たくさんの切りきずがあったが、それはたいして深くない傷ばかりであった。
 お三根を殺傷《さっしょう》した凶器《きょうき》は、なんであるかわからないが、なかなか切《き》れ味《あじ》のいい刃物《はもの》であるらしく、頸動脈はずばりと一気に切断されていた。
 死斑《しはん》と硬直から推測して、お三根の死は今暁《こんぎょう》の午前一時から二時の間だと思われた。
 警官の通報が本署へとんだので、検察局からは長戸検事の一行がかけつけた。
「……で、この部屋に死者のほかに誰かいたのかね。つまり午前九時に、この電灯のかさがこわれる音を、この雇人たちがたしかに耳にしたというが、このかさをこわした者は発見されたのかね」
 検事が、たずねた。
「いえ。わたしたちが入りましたとき、部屋の中をよく探しましたが、誰もいなかったのです。この婦人の死体だけでありました。凶器も見あたりません。部屋としてはそこは完全に密室なのです。そとから犯人の侵入《しんにゅう》した形跡《けいせき》がないのです。ふしぎですなあ。まさかこれは自殺じゃないでしょう」
 と田口警官はいった。
「自殺ではない。たしかに他殺事件だ。
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