博士の手許にわずかな隙ができたのだ。
「ええいッ」
 とつぜん金属Qが身をひるがえして、前へとびだした。そしてかれは、博士の抱えていた破壊銃の銃先《つつさき》を、力いっぱい横にはらった。
「あッ」
 と、博士が叫んだときは、もうおそかった。破壊銃は博士の腕をはなれて横にすっ飛び、旋盤《せんばん》の方をとび越して、その向うに立っていた配電盤《はいでんばん》にがちゃんとぶつかった。もちろん破壊銃は壊《こわ》れた。ガラスの部分がこなごなになって、あたりにとび散った。


   金属Qの始末


「なにをするッ」
 と、針目博士が、どなる。
「銃はこわれた。こうなりゃ、こっちのものだぞ」
 金属Qは、はんにゃ[#「はんにゃ」に傍点]のような形相になって、博士にとびついていった。
 大乱闘《だいらんとう》になった。ものすごい死闘《しとう》であった。金属Qの方が優勢《ゆうせい》になった。かれは、どこから出るのか、くそ力を出して、手あたりしだい、工具であろうと、器具であろうと、何であろうと取って投げつける。
 蜂矢探偵は、このすごい闘いの外にあった。かれはしばし迷った。仲裁《ちゅうさい》すべきであろうか、それとも針目博士に味方すべきであろうかと。
 針目博士は、はじめのうちは、器物《きぶつ》を投げることを控《ひか》えていた。しかし相手がむちゃくちゃにそれを始め、わが身が大危険となったので、博士はついに決心して、手にふれたものを相手めがけて投げつけた。もう一物のよゆうもないのだ。死ぬか、相手を倒すかどっちかだ。声をあげて蜂矢探偵に協力を頼むひまもない。
 ここに至って蜂矢探偵も心がきまった。
(ここはいちおう、正しい博士に味方して、仮面をはがれた相手を倒さなくてはならない)
 蜂矢探偵は、すぐ目の前の台の上においてある大きなスパナをつかんだ。それをふりあげて、金属Qになげつけようとした。そのとき遅く、かのとき早く、どしんと正面から腰掛《こしかけ》がとんできて、
「あッ」
 と蜂矢が体《たい》をかわすひまもなく、ガーンと彼の頭にぶつかった。かれは、一声うなり声をあげるとうしろへひっくりかえり、そのまま動かなくなった。
 それから、どのくらいの時間が流れたかわからないが、蜂矢はようやく息をふきかえした。ずきずき頭が痛む。それへ手をやってみると大きなこぶができていた。血もすこし出ていた。しかしたいしたことではないようだ。
 蜂矢はふらふらと起きあがった。
 その気配《けはい》を聞きつけたか、部屋の一隅《いちぐう》から声があった。
「ああ、気がついたかね、蜂矢君」
「やッ」
 蜂矢は、どきんとしてその声の方を見た、そこには針目博士がいた。博士は頭部にぐるぐると繃帯を巻いていた。その正面のところは赤く血がにじんでいた。
「安心したまえ、怪物は、とうとうくたばったからね」
 そういって博士は、自分の前を指さした。そこには、れいの金属Qが倒れていた。
「死んだんですか」
「いや、まだ油断がならない。金属の本体を取り出して、始末しないうちは、ほんとうの意味で金属Qは死んだとはいえないのだ、今それを始末するところだ。きみは見物していたまえ」
 そういって博士は前かがみになって、たおれた人の頭のところでごそごそやっていたが、やがてうす桃色をしたぐにゃりとしたものを両の手のひらにのせて、部屋のまん中へ出てきた。それは脳みたいなものであった。
「それは何ですか」
 と、蜂矢はたずねた。
「この中に、金属Qの本体がはいっているんだ。はやいとこ、これを焼き捨てる必要がある。そうでないと、金属Qはまた生きかえってくる。生きかえられたんでは、また大さわぎになる」
 博士は、大きな硬質ガラス製のビーカーの中に、そのぐにゃりとしたうす桃色のものを入れた。それからガスのバーナーに火をつけ、その上に架台《かだい》をおき、架台の上に今のビーカーを置いた。
 それから博士は、薬品戸棚のところへ行った。
 博士が、棚から薬品のはいった瓶を三つも抱えてもどってくるまでの少しの時間に、蜂矢は部屋の隅にたおれている人のようすを知るために、その方へ目を走らせた。その人は、もちろんしずかに伸びていた。そしてその頭部が開かれ、頭骸骨がお碗《わん》のようになって、中身が空虚《くうきょ》なことをしめしていた。
 怪金属Qがやどっていた肉体は、ふたたびもとの死体に帰ったのである。
 ぱっと茶褐色《ちゃかっしょく》の煙があがった。れいのビーカーの中である。博士が、液体薬品のはいった瓶の口をひらいて、ビーカーの中へそそぎこむたびに、茶褐色の煙が大げさにたちのぼるのだった。金属Qがはいっているという脳髄は、ビーカーの中で、沸々《ふつふつ》と沸騰《ふっとう》する茶褐色の薬液《やくえき》の中で煮られてまっくろに化《
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