るんだ」
「顔の皮をむくのですか」
 蜂矢は、おどろいて、命令する人の方をふりかえった。あまりといえば、惨酷《ざんこく》きわまることである。


   落ちた仮面


「わけはないんだ。それ、その男の額《ひたい》のところに、皮がまくれあがっているところがある。それを指先でつまんで、下の方へ、力いっぱいはぎとればいいんだ」
 なんという惨酷な命令だろうと、蜂矢は、この命令を拒絶《きょぜつ》しようと考えたが、ちょっと待った、なるほどそれにしてはおかしい額ぎわの皮のまくれ工合《ぐあい》だ。
(ははあ。さては……)
 と、かれはそのとき電光のように顔の中に思い出したことであった。もうかれは躊躇《ちゅうちょ》していなかった。いわれるままに、そのまくれあがった額のところの皮を指でつまんで、下へ向けてひっぱった。
 すると、おどろいたことに、皮は大きくむけていった。皮の下に、白い皮下脂肪《ひかしぼう》や赤い筋肉があるかと思いのほか、そこには、ごていねいにも、もう一つの顔面《がんめん》があった――蜂矢探偵の手にぶらりとぶら下がったものは、なんと顔ぜんたいにはめこんであった精巧《せいこう》なるマスクであった。
 そのマスクの肉づきは、うすいところもあり、またあついところもあり、人工樹脂《じんこうじゅし》でこしらえたものにちがいなかった。
 マスクのとれた下から出てきた新しい顔は、どんな顔であったろうか。
 それは針目博士とは似ても似つかない顔であった。頬骨のとび出た、げじげじ眉《まゆ》のぺちゃんこの鼻をもった顔であった。
「あッ」
 蜂矢探偵は、あきれはててその顔を見守った。
 はじめから、高いカラーをつけた針目博士を、怪しい人物とにらんではいたが、まさかこんな巧《たく》みな変装《へんそう》をしているとは思わなかった。
 しかもマスクの下からあらわれたその顔こそ、前に警視庁の死体置場から、国会議事堂の上からころがり落ちた動くマネキン少年人形の肢体《したい》とともに、おなじ夜に紛失《ふんしつ》した猿田の死体の顔とおなじであったから、ますます奇怪《きかい》であった。
 これでみると、蜂矢探偵をこの地下室へ案内した針目博士こそ、金属Qのばけたものであると断定して、まちがいないと思われる。怪魔金属Qは、議事堂の塔の上から落ちて死体置場に収容せられたが、夜更《よふ》けて金属Qはそろそろ動き出し、身許不明の猿田の死体の中にはいりこみ、そこをどうにか逃げ出したものらしい。そういうことは、金属Qの力と智恵とでできないことではない。その上で、彼はおそらくこの針目博士の地下室へもぐりこみ、そこで針目博士そっくりのマスクを作ったり、健康を早くとりもどすくふうをしたり、博士の古い服を盗み出して着たり、その他いろいろの仕事をやりとげたのであろう。
 まことにおどろくべき、そしておそるべき怪魔金属《かいまきんぞく》Qであった。
 こうして、始めにあらわれた針目博士の正体が金属Qであるとすれば、あとからあらわれた針目博士こそ、ほんものの針目博士なのである。そう考えて、この際《さい》まちがいないであろう。蜂矢は、その方へふりかえった。
「これでいいですか、針目博士」
 すると機銃《きじゅう》みたいなものを、なおもしっかり抱《かか》えている針目博士が、
「それでよろしい。どうです。わかったでしょう。かれこそニセモノであったのです。まったく油断もならぬ奴です。もともとわたしが作った金属Qですが、まったくおそろしい奴です」
 といって、博士は顔を青くした。
「どういうわけで、あなたに変装したのでしょうか。何か、はっきりした計画が、金属Qの胸の中にあるんでしょうか」
 蜂矢探偵は、そういってたずねた。
 あとになって考えると、蜂矢のこの質問は、あんまり感心したものでなかった。そんな質問はあとでゆっくり聞けばよかったのである。それは不幸なできごとの幕あきのベルをならしたようなものだった。
「それはですね。金属Qという奴は――」
 と、博士が蜂矢探偵の質問に答えはじめたとき、機銃のような形をした人工細胞破壊銃《じんこうさいぼうはかいじゅう》をかまえた博士に、ちょっと隙《すき》ができた。
 この人工細胞破壊銃というのは、その名のとおり、人工細胞にあてると、それをたちまちばらばらに破壊しさる装置で、強力に加速された中性子《ちゅうせいし》の群れを、うちだすものだ。かねて博士は安全のために、こういうものが必要だと思い設計まではしておいたのであるが、「生きている金属」を作る研究の方をいそいだあまり、実物はまだ作っていなかった。その後、金属Qがあばれるようになって、博士はかくれて、この人工細胞破壊銃の製作に一生けんめい努力したのだ。そのけっか、きょうの事件に間にあったのだ。
 が、今もいったように、
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