いうと、後《あと》からあらわれた博士の方がいっそう青い顔をしている。
 ところが顔いがいのところを見ると、だいぶんちがいがあった。蜂矢探偵を壁のところにまで追いつめた針目博士の方は、いやに高いカラーをつけて、くびのところが窮屈《きゅうくつ》そうに見える。また頭部に繃帯《ほうたい》をしている、その上に帽子をかぶっている。
 これにたいして、あとから現われた針目博士の方は無帽《むぼう》である。頭には繃帯を巻いていない。
 服装は、蜂矢探偵を追いつめている針目博士のほうは、黒いラシャの古風《こふう》な三つ|揃《ぞろ》いの背広をきちんと身につけているのに対し、あとからあらわれた針目博士の方は、よごれたカーキー色の労働服をつけていた。服はきれいではないが、小わきにりっぱな機銃《きじゅう》みたいなものを抱えている。
「動くと、これをつかうぞ。すると、金属はとろとろと溶《と》けて崩壊《ほうかい》する」
 あとからあらわれた針目博士が、はやくちに、だがよくわかるはっきりしたことばでいった。
「待て、それを使うな。わしは抵抗しない」
 始めからいた針目博士が、苦しそうな声で押しとどめた。もはや蜂矢探偵の頭上に、一撃を加えるどころのさわぎではない。かれ自身がすくんでしまったのだ。
「蜂矢さん。もうだいじょうぶだ。横へ逃げなさい」
 あとからあらわれた針目博士がいった。
 いったい、どっちがほんとうの針目博士であろうか。
 蜂矢探偵は、壁ぎわをはなれて、自由の身となったが、この問題を解《と》きかねて、あいさつすべきことばに困った。
「おい、金属Q。こんどは、廻れ右をして壁を背にして、こっちへ向くんだ」
 金属Q――と、しきりに、あとからあらわれた博士が呼んでいるのが、はじめからいた方の針目博士のことだった。――ほんとかしら――と、蜂矢は目をいそがしく走らせて見くらべるが、顔はよく似ていて、くべつをつけかねる。
 金属Qと呼ばれた方の博士は、しぶしぶ動いて壁に背を向け、こっちへ向きなおったが、とつぜん早口で叫んだ。それは、妙にしゃがれた声だった。
「きさまこそ、金属Qじゃないか。わしは針目だぞ、ごまかしてはいかん。しかし、わしは今、抵抗するつもりはない」
 頭に繃帯を巻いた方が、こんどは機銃みたいなものを抱《かか》えた方にたいし、金属Qよばわりをするのだった。これではいよいよどっちがほんものの針目博士だかわからなくなった。
「きみこそ金属Qだ。そんなにがんばるのなら、仮面《かめん》をはいでやるぞ」
 とあとからあらわれた博士が自信ありげにいって、蜂矢の名を呼んだ。
「なにか用ですか」
「そのニセモノのそばへ寄《よ》って、頭に巻いている繃帯《ほうたい》をぜんぶほどいてくれたまえ」
 と、機銃みたいなものを抱えている博士がいった。
「むちゃ[#「むちゃ」に傍点]をするな、傷をしているのに、繃帯をとるなんて、人道《じんどう》にはんする」
 と、壁のそばに立っている方の博士が、すぐ抗議した。
「蜂矢君。早く繃帯をとってくれたまえ。繃帯をとっても、血一滴《ちいってき》、出やしないから心配しないで早くやってくれたまえ」
 蜂矢は、ふたりの博士の間にはさまって、迷《まよ》わないわけにいかなかったが、とにかく繃帯をといてみれば、どっちがほんものかニセかがわかるかもしれないと思い、ついに決心して壁の前に立っている博士の頭へ手をのばした。博士は何かいおうとした。がもうひとりの博士が、機銃みたいなものを、いっそうそばへ近づけたので、顔色をさっと青くすると、おとなしくなった。
 蜂矢は、その機《き》に乗《じょう》じて、長い繃帯をといた。なるほど、繃帯はどこもまっ白で血に染《そま》っているところは見あたらなかった。ただ、その繃帯をときおえたとき、博土の頭部《とうぶ》をぐるっと一まわりして、三ミリほどの幅《はば》の、手術のあとの癒着《ゆちゃく》見たいなものが見られ、そのところだけ、毛が生えていなかった。
 なお、もう一つ蜂矢が気がついたのは、額《ひたい》の生えぎわのところの皮が、妙にむけかかっているように見えることだった。そのとき、後からあらわれた博士の声が、いらだたしく聞こえた。
「蜂矢君。こんどは、その高いカラーをはずしたまえ」
「カラーをはずすのですね」
 はじめから博士の特徴《とくちょう》になっていたその高いカラーを、蜂矢は、いわれるままに、とりはずした。すると蜂矢探偵は、そこに醜《みにく》い傷《きず》あとを見た。短刀《たんとう》で斬《き》った傷のあとであると思った。いつ博士はこんな傷をうけたのであろうか。すると、またもや、あとからあらわれた博士がいちだんと声をはりあげて、蜂矢に用をいいつけた。
「つぎは、その男の面《つら》の皮《かわ》をはぎたまえ。えんりょなく、はぎ取
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