うであった。とにかく、雨も降っていないのに、なぜあのように、下にひきずるほど長いマントを着ているのだろう。こんな怪しい客はおいかえすにかぎる。
「ちょっとお待ち。怪しいお客なら、特にていねいに応待をして、応接室へご案内しなさい」
「それでは、あべこべですね。先生、あの長いマントの下から、ピストルがこっちをねらっているかもしれませよ。きっと、そうだ」
「もちろん、こっちは充分に注意をするから大丈夫だ。それにさっき電話で、“きょう怪しい客が行くぞ”と知らせがあったほどだから、怪しい客にはぜひお目にかかりたい」
「先生はかわっていますね。それではぼぐが玄関へ出ますが、先生はくれぐれも注意をおこたらないようにしてくださいよ」
 小杉少年は、蜂矢探偵があまり大胆すぎるので、気が気でない。
 それから小杉少年は、玄関へとび出していった。玄関をあける音、それから客と小杉との対話が、客にはわからない秘密屋内電話の線をつたわって、蜂矢のところへ聞こえてくる。
 それを聞いていると、怪しい客は、小杉の質問には答えようとはせず、ただすこしも早く蜂矢探偵に会わせてくれ、会うまでは、何にも説明しないとがんばっているようす。
「そんなことでは、先生に取次《とりつ》ぎができません」
 というと、怪しい客は、
「そんなら、きみに取次ぎはたのまない。じぶんが奥へふみこんで、蜂矢探偵に面会をとげるであろう」
 といって、かれは前に立ちふさがる小杉少年の胸をぽんと押しかえした。すると小杉は、うしろへひっくりかえった。怪しい客は、えらい力持《ちからもち》だった。
 怪しい客は、どしどし奥へはいりこんだ。そして蜂矢探偵が書斎にいるのを見つけると、つかつかとその前へ―。
「蜂矢君。茶釜の破片をわたしたまえ」
 怪しい客は、しゃがれた声を出して、ぶっきらぼうにいう。
「いったいきみは、誰ですか」
 蜂矢探偵は、しずかなことばで、怪しい客にたずねた。
「茶釜の破片をわたしたまえ。いそいで、それをわたしたまえ」
「なぜ、きみにわたす必要があるんですか。それがわからないと、たとえその破片が手もとにあったとしても、きみにはわたせませんね」
「そんなことは必要ない。早くわたせ」
「きみは礼儀《れいぎ》を知りませんね。人間というものは、いやな命令をされると、ますます反抗したくなるものですよ。けっきょくきみは自分の思うとおりにならなくて、困るでしょう。そういうやりかたは、きみにとってたいへん損ですよ」
「早く破片を手にいれたいのだ。これがきみにわからんのか」
 怪しい客は、いらいらしてきたらしく、大きな黒頭巾《くろずきん》の奥で、しきりに小さな顔をふりたてている。そのとき蜂矢は、怪しい客の顔が、ほんとうの人間の顔ではなく、マネキン人形の首であることを見破った。そのマネキン人形は、かわいい少年の首であった。
 人形の首が、なぜ口をきくのか。生きている人間のように、ものごとを考えたり、こっちの話を聞きわけたりするのか。とにかく、これはとんでもない怪物であることが察しられた。
「いや、ぼくは、礼儀を知らない人間とおつきあいをするのは、ごめんです。もちろん、何をおっしゃっても、ぼくは聞き入れませんよ。協力するのはいやです……」
「いうことをきかないと、殺すぞ」
「殺す、ぼくを殺して、なんになりますか。すこしもきみのためにはならない、茶釜の破片をしまってある場所は、もしぼくが殺されると、きみにおしえることができない。それでもいいんですか」
「ううむ――」
 怪しい客は、うなりごえとともに、からだをぶるぶるふるわせて、
「早く出せ。きみが茶釜の破片を持っていることは、今きみが自分でしゃべった」
「たしかに、持っています。話によれば、おわたししてもいいが、礼儀は正しくやってもらいましょう。まず、そのいす[#「いす」に傍点]に腰をかけてください。ぼくもかけますから、きみもかけてください」
 そういって蜂矢探偵は、先に自分のいす[#「いす」に傍点]に腰をおろした。
「わたしは腰をかけることができないのだ」
 怪しい客は、うめくようにいった。
「なぜ、きみにそれができないのか。そのわけを説明したまえ。およそ人間なら、誰だって腰をかけるぐらいのことはできる。きみは、人間でないのかね」
 蜂矢は、ことばするどく相手にせまった。
 すると怪しい客の全身が、がたがたと音をたてて、大きくふるえだした。怒《いか》りに燃えあがったのか、それとも恐怖《きょうふ》にたえ切れなくなったためか。


   恐ろしき笑い声


「もうきみの力は借りない。今まで人間のまねをしていたが、ああ苦しかった。もうこれからはわたしの実力で、必要とするものをさがし出して持っていくばかりだ」
 怪《あや》しい客は大立腹《だいりっぷく》らしく、声
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