たまま、うつらうつらといねむりをしていた。
ところが、とつぜん怪しい物音がして、警官をねむりから引き起こした。
「やッ。今のは、何の音……」
と、すばやく部屋の中を見わたすと、意外な光景が目にうつった。
「あッ」
警官は、おそろしさのあまり、全身に水をあびせられたように感じた。
見よ。そこに収容《しゅうよう》されてあった二つの死体が並べてあったが、それにかぶせてあった布《ぬの》がとり去られてあった。そして警官が目をそこへやったとき、男の死体が、上半身をつつーッと起こしたかと思うと、警官の方へ顔を向け、上眼《うわめ》でぐっとにらんだのである。
「わッ」
警官はおどろきの声をたてた。そして気が遠くなりかけた。
すると、その男の死体は、よろよろと立ちあがった。そしてあやつり人形のような動きかたをして警官の方へふらふらと近づいた。
「南無阿弥陀仏《なむあみだぶつ》」
警官は、おそろしさに、たまらなくなって、合掌《がっしょう》してお念仏《ねんぶつ》をとなえ、目をとじた。
ばさり。
「うーむ」
ばさりというのは、死体が冷たい手で、警官の横面《よこつら》をなぐりつけた音であった。
「うーむ」という呻《うな》り声《ごえ》は、とうとうこらえきれなくなって、その警官が目をまわしてしまったのである。
その警官は、それから三十分ほど後、交代の同僚がやってきたときに発見され、手当《てあて》をくわえられて、われにもどった。
「おお、気がついたか。しっかりしなくちゃいかんよ。いったいぜんたいどうしたんだ」
同僚が警笛《けいてき》を吹いたので、たちまち宿直《しゅくちょく》の連中がかけつけて、人事不省《じんじふせい》の警官をとりまいて、元気をつけてやった。
「あーッ、おそろしや。死体が棺の中に起きあがって、ふらふらとこっちへやってきた。そしてわたしをにらんだ。わたしは、死体にくいつかれると思った。おそろしいと思ったら、気が遠くなって、あとのことはおぼえていない」
「なるほど、そういえば、死体が一つたりないが、どこへ行ったんだろう」
死体の行方が問題となって、警官たちはお手のものの捜査を開始した。
しばらくすると、さっき目をまわした警官は、もうすっかり元気をとりもどしたが、行方をたずねる男の死体は、どこにも見あたらなかった。
ふしぎだ。
どこへ行ったんだろう。第一、死体が
前へ
次へ
全87ページ中61ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
海野 十三 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング