の電球を、海につけた。海水が穴から中へはいっていく。やがていっぱいとなった。これでいいのだ。穴のところを手でもって、玉太郎は林のところへもどって来た。そしてかたむいた陽の光をこの水入り電球でうけ、その焦点を、そこにちらばる枯草の黒ずんだものの上におとした。
 すると枯草はすぐ煙をあげていぶりだした。そこへ息をふきかけた。草は赤い炎をあげてめらめらともえだした。
「あッ。火をつかまえたぞ」
 玉太郎は鬼《おに》の首をとったようによろこんだ。やがてこの島に闇《やみ》がおとずれる。
 その夜、玉太郎はどんな夢をむすぶことであろうか。


   伯爵《はくしゃく》の昔話《むかばなし》


 ふかい闇の海上にシー・タイガ号はエンジンをとめた。
 正《まさ》に午前一時だった。
 乗組んでいる人々の中で、目をさましていない者はひとりもいなかった。みんなはりきった顔でいるが、甲板《かんぱん》へ出ている顔は誰がどんな顔をしているか分らなかった。この一千トンに足りないぼろ船は、団長セキストン伯爵の命令により、完全な灯火管制《とうかかんせい》をしているのだった。
「まちがいなくここなのかね。ねえ船長」
 伯爵は、身分ににあわぬ品のわるいがらがら声で、船長によびかけた。
「なんべんお聞きになっても、ここですよ。おっしゃったとおりの地点で、まちがいなしですよ。それに、ごらんのようにあの島の形は、おあずかりしている水夫ヤンのスケッチと同じ形をしていますからねえ」
「その島の形じゃが、わしにはよく見えんでのう。これは八倍の双眼鏡《そうがんきょう》だがね」
「見えないことはありませんよ。しばらくじっと見ておいでになると、島の輪廓《りんかく》がありありと見えてきます。わしらには肉眼《にくがん》でちゃんと見えているんですからねえ。この見《けん》とうですよ」
 そういって、くらやみでも目の見える船長は、セキストン団長の持っている双眼鏡をつかんで、それを船橋《ブリッジ》の窓枠《まどわく》におしつけ、そして正しい方向へむけてやった。
「さあ、のぞいてごらんなさい」
 伯爵団長は、それをのぞいた。
「やっぱり、わしには見えん」伯爵は、がっかりしていった。「もっとこの船を、島の方へ近づけてもらおう」
「おことばですが閣下《かっか》、もうそろそろ珊瑚礁《リーフ》になりますんで」
「リーフになったら、どうするというのかね」
「そうなると、この汽船は珊瑚礁の上にのりあげて、船底を破るおそれがあるのです。ですから本船はこれ以上深入りしないことにして、用事のある方だけ夜明けをまって、ボートに乗って島へ上陸されたらいいでしょう」
「君は、いくらいってきかせてもわからないんだね」伯爵がいらいらしていることは、その声で分った。「恐竜島へは、明るいうちにはぜったい近よれないんだ。この前、わしたちはこりごりしている。わしたちが逃げだすときだった。救いに来てくれた船に乗りうつって、やれやれ安心と思ったとき、島の上に一ぴきの恐竜がいて、こやつの目がぴかりと光った」
「へへん」
「……と思うまもなく、その恐竜は、どぼんと海中にとびこみ、そしてわしたちの乗っている船をめがけて、追いかけてきた」
「恐竜は水泳ができると見えますな」
「さあ、わしは恐竜が泳ぐところを見たことがない」
「だって、海を泳いで、閣下《かっか》たちの乗っていられる船を追っかけて来たのでしょう」
「いや、そうではない。そのとき恐竜は、たしかに海の底を歩いていたのだ。しかし恐竜の首は、海面から百メートルぐらいも上に出ていた。船のマストよりも高いんだから、おどろいたね」
「ほんとうですか。わしは信じませんね」
「ほら話をいっているんじゃないよ。じっさいに恐竜を見たわしらでなくては、恐竜がどんなに大きいけだものであるか、どんなおそろしいやつか、とても想像がつかないよ」
「へーん。……で、それからどうなりましたか」
「それから……それからがたいへんだ。恐竜は、そこまでやってくると、大きな口をあいた。口の中はまっ赤だ。蛇のように長い舌をぺろぺろと出したかと思うと、いきなり船のマストにかみついた」
「ふーん。それはたいへんだ」
「かみついたと思うと、船がすうーッと上にもちあがった。恐竜の力はおそろしい。じっさいに船をもちあげたんだからね」
「ほう」
「船からは、恐竜にむかってさかんに発砲した。しかし恐竜は平気なものさ。船長はついに大砲を持ちだした。それをどかんとやると、恐竜の首をかすった。恐竜は、はじめておどろいて、へんないやらしい声で泣いた。とたんに、くわえていたマストをはなしたもんだから、こっちの船は五十メートルばかり下の海面へぼちゃんと落ちて、ぐらぐらと来た。あのときばかりは船長以下、舵《かじ》もコンパスも放《ほう》りっぱなしにして、みんながいっしょにすがりついて、船橋《ブリッジ》をごろごろころがった」
「そうでしょう。ステアリングどころじゃない」
「すると恐竜は、山のような大波をたてて海の中にもぐった。その波にあおられて、船は一マイルほど沖合へおし流された。それが幸いで、ようやく恐竜にくわれるだけは助かった。というのは、船体はさけてがたがたになっている。浸水《しんすい》がひどくて、手のつけようもない。それから三十分ばかりのうちに沈んでしまった。乗組員は少ないボートに乗れるだけ乗ったが、その夕刻《ゆうこく》の暴風でひっくりかえり、助かったのは、このわしひとりよ」
「これはおどろいた。恐竜がそんなにおそろしいという話を、今までどうしてお話にならなかったのですか。伯爵閣下」
「それはあたり前さ。そんな話をすれば、君たちはここまで船を進ませてくれなかったろうから」
「あ、なるほど」
「だから、恐竜の害をうけないように、夜でなくては、その島へ近づけないのだ」
「それはもっともなことです」
 この話からおすと、セキストン伯爵は、再度《さいど》、探険船を用意して、いま恐竜島の附近の海面までのりつけたものらしい。


   十名の先発隊員


「あ、火が見える。恐竜島に火が見える」
 水夫が、マストの上でさけんだ。
「おお、火だ。あんな所に、なんの火だろう」
 船長も火をみとめて、びっくりした。
 伯爵閣下《はくしゃくかっか》には、あいかわらずそれが見えないので、いっそうさわぎたてる。
「海岸に火がもえている。……人影が見えない。……火は椰子《やし》の林にもえうつろうとしている」
 船長は、望遠鏡に目をあてて、きれぎれにさけぶ。
「恐竜島に、まさか人間が住んでいるはずはない。あんなおそろしいところに、住めるわけはない。どうした火じゃろうか」
 伯爵は、それが玉太郎の手ではじめられた、たき火とは知るよしもない。
 だが、その玉太郎の姿が見えないのは、どうしたわけであろう。
 そのわけは、大事件でも大秘密でもない。玉太郎はすっかり疲れきって、たき火のそばに、しゅろの蓆《むしろ》を寝床《ねどこ》にして、ぐっすりと睡《ねむ》っているのだった。長々と寝ているものだから、沖合の船から望遠鏡でこっちを探しても、見えないのであった。
「閣下、どうなさる。船は引返しましょうか、それともここからボートで上陸されますか」
「もっと、この汽船を海岸へ近よせてもらいたい」
「それはだめです。いくらおっしゃっても、リーフに船底《ふなそこ》をやられてしまっては、この船はぶくぶくの外ありません。ボートで、早く下りていただきましょう。こんなおそろしいところでぐずぐずしていて、またこの前のように、恐竜のためにマストをかじられることは歓迎しませんからね」
 船長は、いよいよ逃《に》げ腰《ごし》である。そうでもあろう。探険資金が少ないので、セキストン伯爵が、ねぎりにねぎって雇《やと》ったこのぼろ船のことである。船長以下の乗組員も、こんなやすい契約の仕事は早くおしまいにしたいと思っている。今のところ下級船員たちが、恐竜のおそろしさを知らないから、わりあいにまだ船内は静かにおさまっている。
 そこで伯爵と船長の間に、もう一度おし問答があったがそのけっか、両者の間に、次のような協定がまとまった。すなわち、あと三十分以内に、第一回上陸希望者は、ボートにのりうつって、この汽船シー・タイガ号をはなれること。本船は、ただちにこの地点をひきあげ、てきとうなところで時間をおくり、あすの夜八時になったら、ふたたびこの地点まで来る。そして夜八時から九時までの一時間のうちに伯爵たちとれんらくをとること。それから、こういう出会《であい》は、三回かぎりのこと。それがすめば、伯爵たちの側にどんな事情があろうとも、本船は一路本国へひきあげること。
 もちろん伯爵の方では、この条件にたいへん不満があったが、船長たちのきげんをこの上わるくしては、もっとわるい条件を出されるおそれがあったので、このへんでだきょうした。
 そこで伯爵は、かねて同行してきた連中たちをあつめて、第一回上陸希望者をつのった。
 ところが、そういう人たちは、みなこのふしぎな探険に胸をおどらせ、あるいは慾の皮をつっぱらせて伯爵に同行をねがった連中だったから、その大部分が第一回の組にはいりたがった。
 けっきょく、くじびきできめることになった。
 そのけっか、えらばれた人は、次の十名であった。
 まず、団長のセキストン伯爵はくじびきぬきでくわわることに、だれも異存《いぞん》はなかった。
 ツルガ博士《はかせ》。これは熱心な考古学者であった。しかし貧乏な人で、パリの一隅《いちぐう》に研究室を持っていた。
 このツルガ博士の娘で、ネリという幼い金髪少女。博士の家族は今自分とネリ嬢とたった二人だけであるから、こんどの探検にも、つれて来たのである。
 実業家マルタン氏。でっぶり太った実業家らしい人。こんどの探検で、なにか新しい事業を見つけるつもりらしい。
 ケンとダビット。この二人はアメリカ人で、ケンは映画監督、ダビットは撮影技師。この探検のことを聞いて、すばらしい探検記録映画を作るいきごみで加入した。
 モレロ。これは探検家へ一番たくさんの寄附をした人。顔にきずがあり、すごい顔をしている。一くせも二くせもある人物。
 張子馬《ちようしば》氏。中国人で詩人だという。
 この外《ほか》に、水夫のフランソアとラルサンの二人。
 これで十人だ。
 伯爵団長に急がされて、みんなそれぞれの持物を持ってボートの中へ乗り移る。
 張さんが、食糧係で、二人の水夫をさしずして、水やパンなどをつみこむ。こうしてよういは出来た。伯爵が最後に乗りこもうとして舷梯《はしご》に一足かけたとき、
「閣下、ちょっと」船長がよびとめた。
「なにかね」
「さっきお話の恐竜は、あのとき死んだのですか、それとも生きのびたですかね」
「多分死んだろうね。なにしろ首を大砲の弾丸《たま》でけずられてみたまえ、君だって生きていられまい」
「なるほど。それで安心しました」
「しかしその恐竜が死んだという確証《かくしょう》はない。では、さよなら、ボールイン船長」
 伯爵は握手をもとめて、ボートの方へおりていった。
 そのとき西の方から、急に強い風が吹き起った。見ればまっくろな嵐の雲が、こっちへ動いて来る。雲の中でぴかりと、稲光《いなびかり》が光った。
 舷側《げんそく》を、とがった波がたたきつけている。


   とつぜん怪物|出現《しゅつげん》


「やれやれ、かわいそうに。ボートは大波にゆすぶられてすぐには島へつけないだろう」
「もう一時間おそく、本船を放れりゃよかったのになあ」
「とんでもない。こんなおそろしいところに、あと一時間もまごまごしていられるかい」
 船長は、すばやく防水帽をかぶって、微速《びそく》前進の号令をかけた。
 ばらばらと、大粒の雨が落ちて来た。
「半速。……おもー舵《かじ》いっぱい」
 船がぐるっとまわりはじめる。島の火が、左うしろへ流れていく。
「おや船長。どういうんだか。舵がよくききませんが……」
 操舵手《そうだしゅ》がうしろでさけんだ。
 なるほどそういえば、いっ
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