思った。
「なぜそんなことが起ったのか。人間がひとりも見えない無人島で、まさか土木工事《どぼくこうじ》が行われようとも思われない。とにかく、もうすこしそこらを見てまわろうじゃないか」
「それがいいですね。きっとどこかに、ポチのもぐりこんだ穴があるにちがいありませんよ」
玉太郎は、すこしも早く愛犬をすくい出してやりたかった。
それから二人は、雑草をかきわけ、つる草をはらいのけ崖の下をまわってみた。むんむんと熱気がたちこめ、全身はねっとりと汗にまみれ、息をするのが苦しい。あえぎながらふらふらする頭をおさえて前進する。こうして二人の気のついたことは、この崖みたいなものは火山でできたものではなく(硫黄《いおう》くさくないから)地震でできたものでもなく、たしかに人間がやった土木工事であることをたしかめた。
しかしその土木工事は、最新式のブルトーザなどという土木機械を使ったものでなくて、原始的な方法、つまり人間を大ぜいあつめて、もっこに土をいれたり石をのせたりしでかつぎあげるといった、方法をとったにちがいないのだ。
それにしてもふしぎなのは、今この島に、だれもいないし、土木工事に使った道具も見あたらないことだ。
「なぜこんな崖をつくったんだろうか。いみが分らない」
「それなら、崖の上までのぼって見てはどうでしょうか。上に行くと、きっとなにかありますよ」
「なるほど。崖というものは、下より上の方が大切なのかもしれない。じゃあ、のぼってみよう」
その後ポチの声がしないので、ポチのはいりこんだ穴をさがすことはあとまわしとして、玉太郎はラツール記者とともに、崖の斜面をはいのぼっていった。
しばらくのぼったとき、ぽつッと冷いものが玉太郎の顔をたたいた。
「おやあ」と上を見ると、いつの間にか空が鼠色《ねずみいろ》の雲でひくくとざされている。そして大粒の雨が、急にはげしくふりだしたのだ。
「あ、スコールがやって来た。あいにくのときに、やって来やがった」
ラツールは舌打ちした。
「あ、すべる」玉太郎がさけんだ。崖の斜面は、滝のようになって雨水が流れおちた。玉太郎は手と足とをすべらせてしまった。その結果、玉太郎のからだは雨水とともにずるずると下へすべり落ちていった。
すごいスコールのひびきに、玉太郎よりすこし上をのぼっていたラツールは、玉太郎のすべり落ちたことを知らなかった。彼はスコールの滝に全身を洗われながらも、斜面のくぼみに足をはめこみ、両手で崖の土のかたいところをひんぱんにつかみなおし、一生けんめいにしがみついていた。
だがスコールのために急に寒冷《かんれい》になり、全身はがたがたふるえて来、手も足も知覚《ちかく》がなくなっていた。
一方玉太郎の方は、崖下にころがり落ち、スコールが作ったにわかの川の中へぼちゃんと尻餅《しりもち》をついた。流れはいがいに強く、彼のからだはおし流されそうになったので、あわてて身を起こした。あたりは、すごい雨あしと水しぶきに、とじこめられ、五六メートルから先は全く見えなかった。
玉太郎は、にわかに出来た流れをあきれながら見ていたが、ふと気がついて、その流れにそって下流《かりゅう》の方へ歩きだした。
五十メートルぐらい歩いたとき、そのにわかに出来た川が、土中にすいこまれているのを見つけた。そこはたくさんの木がたおれて重なりあっているところだったが、にわかの川の水は、その木の下をくぐって土中へ落ちているのだった。
「ははあ、この下に穴があいているんだな。ポチはこの中へはいりこんだのかもしれない」
そう思った玉太郎は、たおれた木と木の間へ顔をさしこんで、落ちていく水にまけないような大きな声で、愛犬の名をいくたびとなく呼んでみた。だが、ポチは主人のために返事をしなかった。
迫《せま》るさびしさ
玉太郎はがっかりした。
しかしこういう穴の入口らしいところを見つけたことは一つの成功だと思った。あとでゆっくり中をしらべてみたい。
そう思って、彼はそこを立ちさろうとしたが、ふと思い直して、もどって来た。そしてそこらに落ちている木の枝を一本取り、ナイフでけずってYという形にし、それをそこの場所につきさした。それからYという字のかたつむりの二つの目のような枝のさきをわって、自分のシャツの端《はし》をひきさいて、はさんだ。こうしておけば、スコールがあがったあとも、この場所へもどって来るのにいい目印《めじるし》になる。
それから玉太郎は、にわかの川について、上流の方へもどっていった。彼は、さっき落ちた崖下へもどるつもりであった。しかしどうしたわけか、そこへもどることが出来ず、川にそって上ったり下ったりしてまよった。そのうちに時間がたった。
スコールが通りぬけたらしく、急に雨が小降《こぶ》りになったと思うと、もう雲が切れて、もうもうと立ちのぼる水蒸気に、明るく陽の光がさしこんで来た。気温は、またぐんぐんとのぼり出した。視界がひらけた。
「おや。あんなところに崖が見える」
どこをふみまよったものか、スコールがあがってみれば玉太郎はとんでもないけんとうのところに立っていた。さっきすべりおちた崖の斜面《しゃめん》のしたから、百五十メートルばかりもはなれたところに立っていたのだ。彼は斜面の下へむかって急いで歩いた。
歩きながら、斜面をいくども見下げた。そのとき彼は、不審《ふしん》の念《ねん》にうたれた。「ラツールさんの姿が見えないが、どこへ行ったんだろうか。斜面をすっかりのぼって、崖の上へ出たのかしらん」
斜面にはラツール記者の姿がなかったのである。ラツールといえば、彼はスコールの中に降りこめられ、斜面のまん中あたりで、進退《しんたい》きわまっていたのだったが、今はどこにいるのだろうか。
「そうだ。この斜面を自分ものぼってみよう」
玉太郎は、そう思って、再び斜面をのぼりかけた。
だがそれはだめだった。斜面は雨水をうんとすいこんで足をかけ、手をおいたところは、いずれも土がごそっと取れてしまって、のぼることが出来ないのであった。いくども場所をかえてやってみたが、どれもだめであった。
「ああ、のぼれないのか」玉太郎は、くやしがって、斜面をにらみつけた。しかしにらみつけたぐらいで、どうなるわけのものでもなかった。
彼はその場所に、二時間あまりも待っていた。彼はたえず崖の上を注意し、もしやラツールが顔を出しはしないかと心待ちにしていた。ラツールの名を何十回となく呼んだ。だがラツールは姿も見せなければ、返事もしなかった。心ぼそさがひしひしと玉太郎の胸をしめつけた。たえがたいほどの蒸《む》し暑《あつ》さの密林の中に、人間を恐ろしいとも思わぬ蠅《はえ》や蚊《か》や蟻《あり》の群とたたかいながら、二時間のあまり、同じところにじっとしていることは、それだけでもたえがたいことだった。
玉太郎はあきらめて、そこを立ちさった。彼は密林の中をくぐって、元の海岸へ出た。もしやそこにラツールが、先にかえって来ているのではないかと心だのみにしていたがそれもやっぱりだめだった。
海岸にまっていたのは、やぶれた筏だけであった。
彼は、砂の上に腰をおろして、ぼんやりと考えこんだ。
ラツールもいなくなった。ポチさえ、どこに行ったかわからなくなった。絶海《ぜっかい》の孤島《ことう》に、自分ひとりがとりのこされている。このままでいれば、ひぼしになるか、病気になるかして、白骨《はっこつ》と化《か》してしまうであろう。玉太郎は心ぼそさにたえきれなくなって、砂の上にたおれた。そして大きな声をあげて泣いた。泣きつかれて、ねむった。
どのくらいねむったかしれないが、ふと目がさめた。脚《あし》のところへ、がさがさと何かがはいりこんで来たので、びっくりして目がさめた。
貝だった。一枚貝だった。
いや、手にとってみると、それは一枚貝を自分の家として住んでいるやどかりだった。
「なあんだ。やどかりか」
やどかりは、玉太郎の手のひらの上で、しばらくじっとしていたが、やがて急に足をだして、あわててはった。そして手のひらからぽとんと下に落ち、草の中にかくれた。
玉太郎は、草の中からそのやどかりをさがしだして、波うちぎわへほうってやった。
「そうだ、ぼくはひとりぼっちではない。この島にはやどかりもいる蠅もいる。蚊もいる。蟻もいる。それに魚もたくさんいる。ひとりぼっちじゃないぞ」
玉太郎は立ちあがると、胸をたたいた。
電球《でんきゅう》の魔術《まじゅつ》
玉太郎の心は、ようやく落ちつきをとりもどした。
「もう、じめじめしたかんがえはよそう。これから先の運命は、神様におあずけして、自分はのこりの生活のつづく間、ほがらかに生きて行こうや」
さとりの心が、玉太郎をすくった。彼はそれから、にわかに元気になった。口笛をふきながら、ぶらぶら海岸の白い砂の上を歩きまわった。
波うちぎわに、光るものがあった。
なんだろうと、そばへよって見ると、それは電球であった。
「こんなところに電球がある」
彼はそれを拾いあげた。べつにかわったところもないふつうの電球だ。しかしおよそこの無人島には、にあわぬものだった。
「漂流《ひょうりゅう》して、この島へ流れついたんだよ。やっぱりモンパパ号の遺物《いぶつ》なんだろう」
電球なんかこの島に用がないと思ったけれど彼は、それを拾って手にもった。この電球が、やがてこの島の生活になくてはならないものになろうとは、玉太郎は気がつかなかった。
波打ぎわをすすむほどに、漂流物はそのほかにもいろいろあった。木片、箱、缶に缶詰など、少しずつだったがそれを拾いあつめることが出来た。やがて石垣のあるところまで出た。
たしかに人の手できずかれた石垣だった。しかしその一部は、こわれていた。そこから水がはいって、内側が入江のようになっている。
石垣のはずれのところに、カヌーという丸木舟《まるきぶね》が、さかさになってすてられていた。
どうしてすてられたのか、玉太郎には分らなかったが、これはスコールのときに波がおこって、この丸木舟を石垣越しにうちあげたものであった。
玉太郎は、そばへ行って、このカヌーをつくづくと見た。外へ出た腕木《うでぎ》が折れていた。それを修理すると、彼は一つ舟をもつことになる。希望が一つふえた。そのあたりで引返すことにして、また元の場所へもどった。
ポチも帰って来ていなかったし、ラツールの姿も、やはりそこにはなかった。しかたがない。腹がどかんとへった。
椰子の木の根方《ねかた》をさがして、椰子の実をひろって来て、穴をあけて水をのんだ。それだけではたりない。
さっき拾った缶詰をナイフでこじあけてみた。すると思いがけなく、ソーダ・クラッカーというビスケットのようなもので、塩味《しおあじ》のつよいものが、ぎっしりはいっていた。
「ああ、よかった。これだけあれば四五日は食べつなぎができる」
玉太郎の元気は倍にふえた。たべた。それはかなり大きい角缶《かくかん》であったから、あとはまるでそっくりしているようであった。
腹が出来ると、ねむくなって、又ねむった。その間に、蚊にくいつかれて目がさめた。太陽が西にかたむいた。やがて夜が来る。
「そうだ。火がほしい」
火がないと、こういう土地の夜はこわいとかねて聞いていた。
ところがマッチがない。ライターもない。これでは火なしの生活を送らねばならないのだ。こまった。
大いにこまりはてていると、ふと気がついたことがある。それは学校で実験をしたときに、ガラス球に水をいれ、それをレンズにして、太陽の光のあたる所へ出し、その焦点《しょうてん》のむすんだところへ、黒い紙をもっていくと、その紙がもえだしたことがあった。
電球をさっき拾ってあった。それへ目が行ったとき、あの実験のことを思い出したのだ。玉太郎は、電球をにぎって波打ちぎわの方へ行った。そこで石を拾って、注意ぶかく電球の口金のところをかいた。しゅっと音がして、中へ空気がはいっていった。
そ
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