てるんじゃねえのか」
云われて、ラルサンは、あ、あーとあくびをしようとした。
「おい、恐竜がいるんだ。ちっとは、つつしめ」
「おお、そうだった。何、私はパリの下宿で寝ているのだと、ばっかり思っていましたので、飛んだ感違いでした。ごめんなすって」
「いいから、油断をするなってことよ。おいっフランソア、お前もそうだぞ」
「ええ、わっしは前々から、ここにこうしてがんばっておりまさあ、もしも恐竜がこの穴から飛び出るようなことがあったら」
「どうしようというのだ」
「ただ一発のもとに」
「お前もフランソアと同じように、脳味噌《のうみそ》が少し足りないか。頭の組み合せがゆるんでいるらしいな」
「そんなことはありませんや」
「恐竜にさとられたら、それこそ俺たちは生きちゃいられねえんだ。虎口《ここう》に入らずんば虎児《こじ》を得ずっていう東洋の格言があらあ、俺たちはキッドの財宝《ざいほう》を得るために恐竜の穴に入ったんだ。大冒険なんだぜ、命がけの探検なんだぜ。どうもお前たちは、俺のこの気持がわからねえんでいけないよ。第一……」
「おっと、モレロ親分、恐竜様のお出ましだ」
今度は眼ざとく気がついたフランソアが、モレロの腕をひっぱった。
「おっと」
モレロは頭を両腕でかかえこむと、小さくなって岩のすみに身体をひそませた。ラルサン、フランソアの勇士も、もちろん大将モレロにしたがって、小さくなった。
ずしり、ずしりと恐竜が歩く。そのたびに洞窟は地震のようにゆれた。
恐竜は三人の姿を見たか見ないか、見たとしても少しも邪魔にならぬ存在と見逃して、モレロ達のわきを歩いていった。
びりっ、びりっ、地ひびきがおわったと、思うと、ズズーンという大きな音がした。
恐竜が海に飛び込んだのだ。
続いて、ズズーン、ズズーンと大砲を射ったような音がした。あちこちの洞窟からも、恐竜が飛び出したのだろう。
猫のような、また猿にもにた鳴き声がやかましく聞えた。
「さあ、奴等は出かけたぞ、この間にさぐろう」
三人はさらに穴の中をすすんでいった。
「親方親方、ありゃなんでしょう」
「どれなんだ」
「ほら、あそこにぶよぶよしているものがいますぜ」
「兄貴ありゃ、恐竜の赤ん坊だよ」
卵からかえったばかりらしい恐竜の赤ん坊が、四匹ばかり、長い首をふったり、からませあってじゃれていた。
「おい兄貴」
「なんだラルサン」
「あれはいいな、金の卵もいいが、卵よりあの方が高く売れるぜ」
「うん、俺も今、それを考えたところだ」
「どうだい、ちょうど二匹ずつに分けようじゃないか、恨《うら》みっこなしとゆこう」
「うん」
二人がそんな相談をしている間に、モレロはあたりをかぎまわすように探しものをしていた。
「おい、フランソア、ラルサン、来てくれ、ちょっと手をかしてくれ」
モレロは岩肌《いわはだ》をたたいた。
「なんです」
「ここをごらん、字が書いてある。二人のうち、読める者はいないか」
「さあ、どうも俺には、文字という奴がにが手でね」
「うん、英語なら少しはわかるんだが、こいつはどこの国の言葉だか知らんが俺にはわからねえんだ」
“宝、死と共にここに眠る”という謎のようなスペイン文字がモレロに読めたら、彼もちょっと考えたであろうが、残念ながら、彼には読めなかった。
「キッドの宝はここにかくされてあると書いてあるにちがいない。おい手をかしてくれ」
しかし、岩はびくともしなかった。三人の力ではどうにもならない。
「うん、この岩さえどけりゃ、いいんだがなあ、ここまで来て、空《むな》しくもどるというのは、なんといってもしゃくにさわるな」
モレロは腕をくんだまましゃがみ込んでしまった。
「親方、ピストルをお持ちでしょ」
「うん、持っている。が、ピストルの弾丸《たま》じゃこの岩はびくともしねえよ」
「ピストルで射つんじゃないんです。弾丸《たま》から火薬をぬいて……」
「うん、うん、わかった、わかった、手前はなかなか利口だ」
モレロはにこにこした。ピストルの弾丸の火薬で、爆破しようというのだ。
こういう事は彼等には手なれた仕事だ。
モレロは弾《たま》をぬき出すと、その仕事にかかった。
向うのすみから恐竜の子供たちが、首をそろえてこっちをみている。ミャア、ミャアと悲しそうな鳴き声をあげていた。
突然、
「ダーン!」
という音がした。音は岩の洞窟の中をはしりまわり、あちらこちらの岩肌にはねかえり、ぶつかりあいしてだんだんと大きくなっていった。
だから海の外にこの音がながれ出た時には、地雷が爆発したような、どえらい音をたてたのである。
海水をあびて、朝の空気を楽しんでいた恐竜どもがびっくりして首をあげた。
中の一匹がわずか出てくる火薬の匂をかぎつけたのか、三人がしのんでいる洞窟に首をつっこんだ。
「グアッ」
そいつは怒りの叫び声をあげて、穴に入っていった。
あっ爆音《ばくおん》だ!
人と怪獣《かいじゅう》の闘い。
いや闘いではない。怪獣に追いまくられて逃《のが》れきれぬ人間が、最後の苦闘をつづけている図だ。
惨憺《さんたん》たるありさまだ。
恐竜は穴から、その長い首の先にモレロをくわえて出て来た。
そのすきにラルサンとフランソアが穴からころがるように逃げて出た。仲間の他の恐竜が、長い首と、樽《たる》ほどもある大きい眼で二人を追った。
穴からぬけ出て、一息するひまもない。二人は腰のあたりをくわえられると、ぽーんと海の向うへなげられた。他の恐竜が、海からやっと姿を見せたフランソアの身体をくわえあげる。
まるでボール遊びをしているような具合だ。
くわえながらも、モレロはピストルを射った。
これが又恐竜のいらだたしい神経をよけい刺戟《しげき》したらしい。モレロの体は、フランソアより、二倍も三倍もの後方へほうり飛ばされた。
ダビットは崖の上の岩のかげからそれらのようすをすっかりカメラに収めていたのだ。玉太郎等三人が山肌《やまはだ》の小径《こみち》をころがるように谷の方へおりてゆく様子も、もちろんカメラにおさめられていた。
一番先におりていったのは、ラウダだ。彼は五年間もこの島に住んで、朝から晩までさびしい山道を往来《おうらい》している。だからケンが登山でならした腕だと自慢しても、また玉太郎が身体が軽く敏捷《びんしょう》だといばっても、ラウダにはとうていかなわない。
ラウダは崖の上にたった。
下には恐竜がモレロたちの体をまり[#「まり」に傍点]のように、もてあそんでいるところだった。
「ピー、ピー、ピイヒョロ、ヒョロ」
ラウダが口笛をふいた。恐竜に聞かせるように、それは何かの合図のような音色《ねいろ》をとっていた。
すると、恐竜の首が一斉《いっせい》に崖の上のラウダの姿にそそがれた。
恐竜どもが、ラウダの口笛から、何かの合図を受けたことはまちがいない。
ケンが来た。玉太郎も来た。
「ラウダ、ふしぎなことがおこったな」
「ふしぎでもなんでもない。彼が恐竜に命令したんだ」
「命令」
「うん、つまらん遊びはよせといったのだ」
ラウダは恐竜をあやつることを知っているに違いない。
「君は恐竜を自由にできるか」
「いや自由にはできない。が、彼等を喜ばせることはできるんだ。僕の口笛がそれだ」
そういって、ラウダは高らかに口笛をふきならした。
恐竜はよったように、ききほれている。
モレロ、フランソア、ラルサンの身体は、三匹の恐竜の口から、ぼとん、ぼとんと海の中にすてられた。
三人の身体は一度沈んだが、再び浮き上って、流されはじめた。
「死んでいるかも知れない。もしかすると気絶をしているだけかもわからない。僕はここで恐竜をおさえているから、岬《みさき》のむこう側に行ってくれたまえ、三人の身体は潮の流れにのって、あっちへとどくのだ」
「オーケー」
ケンと玉太郎は、ラウダに云われるままに再び山にのぼり、大きくまわって、岬のはずれにいそいだ。
「おや、あすこにボートがある」
「うん、誰が乗って来たのだろう、今の我々にはなんといっても絶好《ぜっこう》の味方だ。拝借《はいしゃく》しょう」
二人はすべるように崖を下っていった。
ボートはモレロたちの作った丸木船《まるきぶね》だ。けれどもとより二人は知らない。
「さ、玉ちゃん乗れ、君は舵《かじ》を、僕はオールをもつ」
ボートは波に乗って、恐竜に見つけられぬように注意しながら、待った。
「おや」
ケンがオールの手をとめた。
「玉ちゃん、聞えないかい」
「なんです」
「ほらあの音」
玉太郎も耳をすませた。
「ああ、虫の羽音《はおと》のようですね、ブーン、ブーンという、蚊のような音ですね」
「うん、あれは君、飛行機の爆音《ばくおん》だよ」
「え、飛行機」
「そうだ。しばらく、ようすを見よう」
蚊の羽搏《はばた》きににたその音は次第にはっきりして来た。やがて爆音だということが感じられた。
しかし、大きくひろがっている蒼空《あおぞら》の中に、その姿を見つけることはなかなかむずかしい。二人は眼をギロギロさせて大空をさがしたが、蚊よりも小さい姿は見つからなかった。
「あ、あれですよ」
玉太郎の眼はするどい。
「どれ」
「ほら、あすこです」
ケンの眼にはまだ見えなかった。
「うん、うん、ああ、飛行機だ」
しばらくして、ケンの眼にもわかったらしい。
朝日をあびて、その翼《つばさ》が、時々キラリキラリと光っている。
「我々を救《たす》けに来たのでしょうか」
「そりゃわからない。しかし、なんとか僕らのいる事を教えたいものだ」
「のろしでもあげましょうか」
「そうだ。しかし、僕には任務が残っている。我々が救われたいために、傷ついた友人をそのままにしておくことは出来ない」
ケンは厳粛《げんしゅく》に言いはなつと、今まで熱狂的《ねっきょうてき》にあおいでいた眼をふせて、岬のはずれをふたたび見守った。
「どれ、少し近づいてみよう」
オールがうごいた。玉太郎は舵棒《かじぼう》をとった。
爆音は次第に大きくなる。
「島の誰かが合図をするだろう、僕らは今の責務《せきむ》を完遂《かんすい》しようじゃないか」
ケンは波よりもしずかに云う。
朝日を受けたその顔には、神々しいばかりのかがやきが見られた。
あとがき
恐竜島の長い物語はここで一まず筆をはぶくことにする。
もう作者はこの後、くどくどと長い続きを書くひつようをみとめなくなったからだ。
しかし、愛読者諸君は、島に残された人々の運命を知りたいに違いない。そこで、これから後の物語を、作者は簡単に述べることにしよう。
ケンと玉太郎が発見した飛行機は、二十四人乗りの大型飛行艇だったのである。
実業家マルタン氏が、島への出発に先立って、十五日しても船が帰らなかったり、船から通信がいかなかったら救助に来るようにとひそかに依頼してあったのです。その航空会社がマルタンの依頼を忠実に守って救助にやって来てくれたのである。
海賊船は調査の結果は、やはり大海へ乗り出すには、あまり古すぎ、傷つきすぎていた。もし救助艇がやって来なければ、一同はこの船で帰国の途に着いた事であろう。しかし第二第三の困難や冒険が、その行手にひかえていて、無事に本国へもどれたかどうかは、わからなかったであろう。
モレロ、フランソア、ラルサンの三人は、気の毒ながら生きかえらなかった。だからキッドの宝の秘密を知っている者はいなくなってしまったわけである。
爆音におどろいた恐竜たちは、ラウダの必死の口笛でおさまった。帰国への出発は、探検船が出航するのとは大へんにちがって安全なものであった。
「もうふたたび訪れることはあるまい」
飛行艇が出発する時、南国の花で作られた花たばが、機上からなげられた。
島に建てられた四つの墓に捧《ささ》げられたのである。
今でも恐竜島は、四つの墓も恐竜に守られて、南国のみどりの波の間に浮いていることだろう。
ツルガ博士はパリーに帰ってか
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