ん坊だ。
三人はモレロをまんなかにして、ボートを頭の上にかつぎあげた。
「さ、フランソア、お前が先頭《せんとう》だ、行け!」
密林の、雑草の中を、三人はボートの帽子をかむって、つき進んだ。
「おっと右だ、少しかがんで、枝にぶつかる」
さすがに親分だけあって、モレロは注意深い。
こうして、三人が汗を一杯流しながら、二十分間、ふらふらになって出たのがあの洞穴のある入江だった。
ボートは浮べられた。
「さ、なにをぐずぐずしているんだ。早くのらねえか」
「へえ」
ボートに乗れば、水を得た河童《かっぱ》も同然だ。三人は急に元気になる。
どんな波が来ても、暴風雨《ぼうふうう》になっても、水の上で生活していた三人は恐れない。
「モレロさん、どこへ行くんです」
「恐竜の巣だよ」
「え、じゃ、あの」
「今まで俺達は、上からばかり奴等をねらった。それで失敗した。だから今度は下から攻めるんだ」
「恐竜の卵をとりに行くんですかい」
「誰が卵なんかとるものか」
「じゃセキストン伯爵を救《たす》けに出発ですか」
「誰があんな慾張《よくば》り親父《おやじ》を救けるもんか、さあこげ、ボートがあの巣につくまでに、俺の計画をすっかり話してやらあ」
ギイッ、ギイッ
とフランソアとラルサンのこぐ櫂《かい》が、深みどりの水面を破って、白い小さい泡をまき起すあたりに、七色の美しい小魚がたわむれていた。
ボートは珊瑚礁《さんごしょう》の海を気持よくすべってゆく。
もう夕方に近かった。太陽はすでに島かげにかくれている。東の空が入日を受けてあかね色にそまっていた。
「あすこにつく頃には薄暗《うすぐら》くなる頃だ」
舵《かじ》をとりながら、モレロは話をはじめた。顔のきずあとが、一だんとものすご味《み》を加えてきた。
「俺たちはこっそりと、奴等の巣にしのび寄って行くんだ」
「卵をとるんですかい」
「卵じゃねえ、宝ものだ」
「宝物《たからもの》、恐竜の宝ものですかい」
「恐竜が、宝物なんかもっているものか、海賊ブラック・キッドの宝物だ」
「げっ、ブラック・キッドの」
フランソアがたまげたようにさけんだ。
「しっ、大きな声を出すな」
ラルサンも眼玉が飛び出るように眸《ひとみ》をひらいていた。フランソアなどは、大きな口をあけっぱなしにして驚いている。
「俺はちゃんと知っているんだ。今度の探検は、表向《おもてむ》きは南海の孤島《ことう》の調査ということになっているが、本当はキッドの宝物をさがすのが目的だったんだ」
「へーえ」
「船長セキストン伯は、何かの記録から、キッドの宝物がここにかくされていることを知ったんだ。それで第一回の探検をやった。宝はたしかにあった。しかし恐竜のために命からがら逃げだして、宝物どころの騒ぎじゃなかったんだ。こりゃおめえも知っているだろう」
「へえ、団長一人が救かったといいやしたね」
「セキストンにしてみりゃ、その宝が手に入らなかったのは、返すがえすも口惜《くや》しい、なんとかして、それを手に入れようと思ったんだ」
「なるほど」
「ところが、それを俺が知ったという、はじまりなんだ」
「へえ」
「港の酒場で、俺が話に聞いたキッドの宝物のことを話していたら、ぽんと肩をたたく奴があるじゃねえか」
「ええ、え」
「それが奴だったのさ。お前はキッドの宝がどこにかくされているかを知らんだろうが、俺はそれを知っている。しかも実際にこの眼で見たというんだ」
「……」
「はじめは、俺もこの爺《じい》さん、かわいそうに少し頭にきているなと思ったんだ。だから相手にもしなかったが、だんだん話を聞いてみると、まんざら嘘《うそ》でもないらしいんだ。そこで、いろいろ相談することになったんだ」
「……」
「おい、そう身をのり出さなくともいいから、しっかりこげよ」
「そこでな、俺はあるだけの金を出した。それでも船もやとえなけりゃ、水夫もあつめられない。考えたあげくが探検船さ。そうなると物ずきで冒険好きのアメリカの活動屋さんがすぐ賛成して来た。マルタンという野郎も珍らしい島だったら、それを種にして一もうけしようという下心でついて来た。めんどうなのはツルガ博士という考古学者とかいう学問の先生だ。こんな先生はかえって、足手《あしで》まといにはなるし、金はもっていないが、表面が、島の探検ということになった以上、つれて行かぬことにゃ、世間からへんに思われる。それで仕方なくつれて行くことにしたのよ」
「それで張とかいう中国人は」
「これはマルタンのような下心があるか、ツルガ博士のように勉強のために来たのか、わからねえ、しかし、参加金《さんかきん》だけは出したんで、連れて行くことにしたのよ」
「なるほど、お話を伺《うかが》えば、いろいろとわかって来ましたよ」
「それで、キッドの宝はみつかったんですか」
「それがよ。恐竜の巣のあたりになるんだ」
「あたりって、モレロ親分は見ないんですかい」
「うん、俺は見つけたわけじゃない」
「で、どうして巣のあたりにあるってことがわかったんです」
「まあ、そんな事位、わからあね、まずセキストンがあの崖の上からのぞいて、喜びの声をあげた。そのとたんに、俺は彼が宝ものがぶじだということを知ったのだと思ったんだよ」
「その次に、奴は縄でおりていったろう、そして慾張りの正体をばくろしたんだ」
「というと」
「他の奴等にとられぬうちに、自分で一人じめにしようと思ってな、それがあの結果さ。縄につかまったまま、落ちていった」
「助かったでしょうかね」
「さあ、そりゃわからねえ、アメリカさんがさがしに行ったが、どうなったか」
「助からぬとすると、ちょっと困りますね」
「何がさ」
「宝のあり場所が」
「馬鹿野郎、だからお前はいつまでも水夫で出世しねえんだ。宝はあるんだ。たしかにあるんだ。セキストンが飛び込んだことが第一の証拠だ。あの辺にあるってことがわかりゃいいじゃねえか」
「でも、可哀《かわい》そうでしたね」
「しかたねえ、一人じめにしようとした罰《ばち》さ、俺はそんなことはしねえ、お前たち二人に手つだってもらったんだ、分け前はちゃんとやるよ」
「ありがとうございます」
「お礼をいうにゃおよばねえよ。働きにたいしてはそれ相当の報酬《ほうしゅう》をうるのは当然じゃねえか。俺はものを合理的に考えるほうだからな」
「さすがはモレロさんだ」
「一つ、やってくれよ」
「ええ、十分に働きますよ」
「さ、もう静かにしようぜ、巣も近づいて来た」
海上からそそりたつ岩と岩との間を、ボートはたくみにぬってすすむ。
「さ、櫂をあげろ。水の音でも奴等に感づかれちゃいけねえ、ここで少し待とう、風の向きが変らねえと、奴等に感づかれるからな」
さすがにモレロだ。細心《さいしん》の注意をはらっている。風上から進むことは、人間の匂《におい》を恐竜の鼻に送ることになってまずい。だから風がかわって、風下になってから進もうというのだ。
船を岩と岩の間にはさませて、三人はしずかに時のうつるのをまった。
そのうち波がしずかに、せまって来た。
入江になっているので、波は高くない。
一時間――二時間――
猫が鼠《ねずみ》をまつように、気長く、しかも油断なく、三人は待った。
「おや、へんな匂がしますね」
「うん、恐竜の匂だ。さ、風がかわったぞ。出かけようか」
三人はそっと船を出した。
そのころになると月があがった。十五夜に近い円い月だ。東の空から青白い光をなげている。それが唯一の灯《あかり》だった。
「奴等は眠っているらしいぞ」
恐竜の巣は、水上五|米《メートル》位のところにいくつもあいている洞窟がそれらしい。
ボートを岸につなぐと、三人は岩にのって、河づたいに、恐竜の巣の方に近づいた。
「おっ、モレロ親分」
「どうした」
「セキストン伯爵です」
「何」
「ほら、あすこに倒れているのは」
「うん」
ラルサンが指さす岩の上に、長い綱をつけたまま、両手をのばして倒れているのは正《まさ》しくセキストン団長だった。
モレロは近づいていった。
頭に手をやってみたが、しずかに首をふって二人に見せた。
「あすこから落ちたんじゃ、生きているのがふしぎな位だ」
モレロはそうつぶやくように云ったが、ぞっとして、ぶるぶる身体をふるわせた。
「キッドの宝をねらうものは必ず命がない」
と昔からつたえられている言葉だ。キッドの宝物をもとめて来たセキストンが、今ここにその予言どおりになって死んでいるではないか。とすると、次には同じ運命が、自分の上にものしかかって来るのではあるまいか。
さすがのモレロも、ここまで考えてくるともうじっとしていられなくなった。
「親方、行きましょう」
と、この時フランソアが言わなかったら、モレロはもどっていたかも知れない。そして次にきた恐ろしい運命から逃れることが出来たかも知れなかったのだ。
その恐ろしい運命とは――
宝《たから》、死と共《とも》にねむる
三人はボートからおりると、そろりそろりと岩をつたわって、洞窟《どうくつ》にむかった。
月の光を受けて、ぽっかりあいた大きな穴は、気味悪《きみわる》く三人の上にのしかかって来ている。
この穴の中には恐竜がいるのだ。その恐竜の巣の中にこそ、キッドの宝物はある。
セキストンは洞窟の前にちらばっている宝物の破片《はへん》を発見したに違いない。
「おい、これを見ろ」
先頭にたったモレロが低くつぶやいて、あとをふりかえった。
「なんです」
「スペイン金貨だ」
「これがここにあるところを見ると、宝物も近いぞ。宝物箱《ほうもつばこ》をはこぶときに、落したものと見える」
月にすかして見ると、金黄色にかがやいている。まぎれもなき金貨だ。フランソアは、後のラルサンに手渡した。
野獣のにおいがする。甘いような、すっぱいような、なんともいえぬ香りだ。
「しっ」
モレロがおしとどめた。
「音がしたぞ」
「恐竜が寝返りでもした音ですかな」
「いや、鼻の悪い恐竜が、いびきをかいたのだよ」
「出来るだけ、はじによれ。まんなかを歩くと、恐竜にふみつぶされぬとも限らぬ」
モレロが注意した。
三人はそろり、そろりと暗い洞窟の中を手さぐり、足さぐりですすんでいった。
生あたたかい風がふいて来た。
“恐竜の呼吸だな”
と感じたので、三人は頭をさげて、息を殺した。
心臓が、はげしくなった。全身の血が一ぺんに、大波をたてて、全速力であばれだしたようだ。
「おい、このままで夜明けまでまとう。恐竜が、外に出ていった留守に探検するんだ」
「恐竜も散歩に行くんですかい」
「散歩じゃない。朝になれば食物をさがしに出かけるだろう」
「なるほど、レストランへ行くんですね。明日の朝飯《あさめし》は何んだろう」
「白い牛乳に、焼きたてのトーストパン、それに香りの高いコーヒーか」
「何をくだらんことをいっているんだ。ここはパリーじゃないよ、コーヒーなんかあるものか」
「あ、そうでしたな」
「恐竜の朝飯は何んでしょうね」
「そんなこと俺が知るものか、恐竜にきいてみろ」
「へーい、もしもし恐竜さん」
「こら、だまれ」
モレロの一喝《いっかつ》で、ラルサンは首をちぢめた。
「だまって、朝まで待ちゃいいんだ……」
「へーい」
ちょうどこの時、玉太郎の一行は、島の怪人ラウダの巣にたどりついた頃だった。それから一行が船にのり込んで、その船が外海にすすみ出て行こうとするまで、モレロ達三人は恐竜のねている洞窟のすみで、小さくなって朝のくるのを待ちつづけたのだった。
思わずウトウトすると、フランソアはモレロのたくましい腕でぐっと首の根をつかまえられた。
「おい、起きろ、起きろ」
「朝日が出ているのだろう、洞窟の入口がかすかに明るい」
「油断しちゃならねえぞ。恐竜が御出勤《ごしゅっきん》だ」
「へえ、どこの会社へ」
「馬鹿野郎、会社へなんぞ行くものか」
「じゃ、お役所ですか、バスに乗って」
「どこまでも間抜けなんだ。眼をさませよ、お前は、何か夢でも見
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