ったこの船が、方向をかえた。潮の流れにのって移動しつつあるじゃないか、ああ、僕らは救われるぞ、ねえ、君ら、喜んでいいよ、僕らは帰れるんだ、文明社会へふたたび戻れるんだ。英語の話す国へ行けるんだ。夢じゃないな、夢じゃないな」
ラウダは、さっき一同が登ったロープのところにもどった。
「見たまえ、ラツール、あんなところにいる。船が動いている証拠《しょうこ》だ」
「落ちつき給えラウダ、よく説明してくれ」
ケンが、ラウダの肩をたたいた。
「そうだ、落ちつくべきだ。落ちついて、僕のこの新発見を君等に話すべきだった。君等も希望がもてるんだ」
ラウダは甲板にどかりとすわりこんでしまった。一同は、ラウダを中心にして、そのまわりにすわって、車座になった。
「僕の調べによると、この湖は海につづいているんだ。だからこの船にのって、潮の流れにしたがえば、外海《そとうみ》に出られることは、まずまちがいないと観測していたのだ。ところが、この船は、底でしばりつけてあるのか、底がコンクリート固めになっているのか、潮の流れに左右されることなく、少しもうごかなかった。ところが、今見ると、ごくわずかではあるが移動しているのだ、底をとめていたあるものがとかれた証拠だ」
ラウダの眼は生き生きとかがやいていた。
「わかったケン、僕らがあの洞穴で岩をどかしたね。あの時に綱を引いたろう、あの綱だよ。あの綱が、この船をつなぎとめていたんだ」
「それは確かだろうね、ダビット。君の説は正しいと思うよ。ラウダ、船の動いた説明をこんどは、僕らがしよう」
ケンはえへんと一つ咳《せき》ばらいをして、話をつづけた。
「この船の底から太い綱が出ている。その綱の一端は、大きな岩によっておさえられて動かぬようにされていたのだ。僕らはぐうぜんの機会からその綱をひっぱった。綱をひっぱることによって、綱をおさえていた岩をのぞくことが出来ましたのだ。僕らがこうして、ここまでやって来られたのも、その岩がどいてくれたおかげだったのだが、その岩はこの船まで動かしてくれたわけだったのだ」
ラウダは大きくうなずいた。
「なんとしても僕らはこの島から救《たす》かるチャンスにめぐまれたんだ」
「よかったねえ、ダビットさん」
玉太郎はそういって、甲板のはしまで走り出て来た。
「ラツールさん、僕たちは助かりましたよ!」
大きな声だ。それが岩肌にはねかえって、ガンガン大きくこだました。ラツールが、手をふった。
恐竜と闘《たたか》う
それから船の検査がはじまった。
まず舵《かじ》は大丈夫使える。船底はかなり傷《いた》んではいるが、水のもれる心配はまずない。帆は完全といってもよい位に保存されている。小船《ボート》も頑強《がんきょう》な奴が積んであり、難船の時の用意も出来ている。
つめたいこの洞穴《ほらあな》の中に保存されているということは、たとえば冷蔵庫の中に貯蔵されたのと同じ効果を生じたものらしい。ふしぎなほど何百年もの前のものが、そのまま使用できた。
ラウダの洞穴から、わずかだが、食料と飲料水がはこびこまれた。
船長室のあたりはさすがに気味が悪かったが、あとはすこぶる快適《かいてき》であった。
「このままで潮にのってみよう。船がどんな方向へ出るかは、運命の神にまかせることにするより手がないからな」
その夜、一同は甲板の船首の方にあつまって寝ることにした。
「海岸にまたせてある連中をどうするかな」
「まず海に出てからの問題にしよう。僕らがすっかり安全とわかったら救助に行ってもおそくはあるまい」
ダビットはカメラをかかえて――
玉太郎はポチをだいて――
ラツールはまだ痛む脚をかかえこんで――みんなそれぞれの姿をして眠りについた。
どのくらい眠ったか。
なにしろ一同は疲れているから、身が安全だとわかるとすぐ眠くなる、死んだようになって眠るんだ。
ポチが、ウーッ、ウーッとうなったので、玉太郎が眼をさました。
「どうした、ポチ」
眼をさましておどろいた。
船はいつの間にか海にいるではないか。恐竜島《きょうりゅうとう》が、千|米《メートル》もの、むこうに見える。
「おーい、おーい、ケンさん、ダビットさん、ラツールさん、張さん」
玉太郎は一人ずつおこしてまわった。
まだ太陽はあがらなかったが、もう東の空は明るい。
「ああ、こりゃ、どうだ」
みんなは眼をこすりこすり起きたが、あたりのようすを見ると、眠気《ねむけ》は一ぺんに吹きとんでしまったらしい。
「助かったぞ、救われたぞ」
ダビットと、ラウダが手をにぎりあって、甲板の上でおどった。
「ラ、ラ、ラ、ラ、ラララ、ラーラ」
楽しそうだ。
「諸君」
ケンが一同を見まわしながら、おごそかに云った。
「吾々はこれで助かった。けれど、島にはまだ、吾が友が居る、彼等をどうすべきかが、残された問題だ」
「断然、救わねばならぬ」
ダビットが手をあげた。
「人道上ほうっておけない、人々はだれも自由をうる権利があるんだ。ついては、だれが救《たす》けに行くか」
玉太郎が手をあげた。
「僕が行きましょう」
「小さい、日本の少年よ、それはこまる」
ダビットがおどけていった。
「僕も行く。それにこれからどのくらい航海しなければならぬかわからぬ本船には、食糧がない。椰子《やし》の実でもなんでもいい、食べるものを集めることもしなければならぬ。救助とともにその両方の任務をおって、僕も行こう」
「では、島に行く希望者をつのります」
みんなが手をあげた。
「みんなに行かれては船を守る者がなくてはこまる。どうだろう、誰が船に残るか、誰が島に行くか、僕に一任させてくれないか」
「ケンに一任させよう。僕は賛成だ」
ダビットが一同の姿を見まわした。
「議長」
張が手をあげた。
「僕は船に残りたい。といっても、島の友人たちを救うのがいやだからではないのだ。僕は友人たちがくる前に、船長室のあの不気味《ぶきみ》な飾《かざ》りものを処分しよう。死者《ししゃ》の霊《れい》をあつかう役目に僕を任命していただければ、光栄だ」
「よろしい、張君、君は残れ、それからラツール、君は労《つか》れすぎている、君も残れ、それから玉太郎君、君もだ」
「僕は行きたいのです」
「僕のかわりにつれていってほしい」ラツールも口をそえた。
「ダビット、君は……」
「僕は行きたいし、残りたい、というのは、張があのミイラ先生を処分するところをカメラに収めたいし、同時に君ら救援隊の冒険もカメラに入れたいんだ」
ダビットカメラマンはなかなか慾張りだ。
ラウダは道案内をしなければならないので、当然行くことになった。
結局、船にはラツールと張と、ポチを残すことにして、一同はボートで出発と決定したのである。
船は錨《いかり》を入れた。
一同は縄をつたわって、ボートに乗り込む。ケンとダビットがオールをにぎった。ラウダが舵《かじ》をとった。
恐竜のいない海岸につけなければ危険だ。それには、ラウダの知識が一番この場合役に立つ。
しずかな海面だ。
みどり色の水をとおして、いろいろの美しい色の魚がおよぎまわっていた。
「よし、東海岸の入江につけよう」
もう、太陽が水平線のよこにぴょっこり顔を出したころだったので、波は金色に、銀色に、また赤や紫にかがやいて、恐竜島の緑の島が刻々《こくこく》にさまざまな色彩で染めあげられていくところだった。
「きれいだなあ、絵より美しい。天然色映画よりきれいだなあ」
ダビットがあたりを見まわした。
「天然色フィルムをおいて来たのが、残念だった」
と首をすくめる。
ギイ、ギイ、と船は軽く波の上をすべって行く。
やがて、東海岸の入江。
そこへボートをつなぐと、一同は海岸づたいにしばらくまわって、山へ入った。
「あのあたりには椰子林があるし、天然の薯《いも》も少しはあるです。それから、こっちのあのジャングル地帯には食べられそうな草がある。蜜蜂《みつばち》の巣《す》なんかも御馳走だ」
ラウダは一つ一つ説明しながら先に立った。
みんなのいるのは西海岸だ。そこへ行くには恐竜の谷を越えるのが近道である。
「大丈夫、恐竜については、僕は自信がある。奴等は口笛の音が大好きなんだ。口笛で僕は彼等をあやつる術《すべ》を知っている」
「口笛」
「うん、あのピー、ピーというしずかな奴だ。奴等の一番恐れているのは雷だ。あの光をもっとも恐れる。だから、汽船のスクリューの音だとか飛行機の爆音なんか大きらいらしい。静かな高い音が、いいらしいね」
ラウダは自分の経験をすっかり話してくれた。
そこで思い出させるのはツルガ博士が沼のほとりで、竪琴《たてごと》をぽろんぽろんとしずかにひいているのをじっと聞いていた恐竜のことだ。奴等は音楽が好きらしい。
一行は島のジャングルをぬけて、恐竜の谷の上に出た。
「すばらしい眺めじゃないかケン、どうだこの朝日のかがやいた雄大な景観は、一カット行こうと思うよ」
「いいだろう。下からだんだん上にアップしたまえ」
ダビットのカメラがジー、ジーと音をたてた。
「上りきったところで、右に移動する。その樹のあたりで、海を入れてカットだ」
映画監督ケンの指導はなかなかこまかい。
「このあたりで、恐竜君出てくれないかな、わがラウダ君の口笛に合せて、恐竜がレビューでもしてくれると、ニューヨーク劇場で一ヶ年のロングショウになる」
カメラをおさめながらダビットの、相変らずの冗談口《じょうだんぐち》がつづく。
博士はどうしているだろう。少女ネリは無事かしら、それから実業家のマルタン氏、みんなどうしているだろう。
玉太郎の胸の中は残して来て、別れ別れになった人々の安否《あんぴ》を気づかう気持で、一杯だった。だから、ダビットのようにあたりまえの景色に気をつかうだけの余裕はなかった。
「あ、あれはなんだ。おい、ケン!」
ダビットがあわてて叫んだ。
ダーンという大砲の音がしたのだ。
ダビットは崖のはしにかけ出していった。そしてその頂上から下を見た。
「わあ、大へんだ」
「どうしたダビ、なんだ!」
つづいて来たケンがダビットの顔を見た。
ダビットの眼は大きく見開かれ、口からは泡がふかんばかりのおどろきようだ。
「そんな目はブロンドの漫画にもないぞ」
「そんなんじゃないんだ。見てくれ、あれを、恐竜だ、恐竜と戦っているんだ」
「何、恐竜だって」
「ほら」
玉太郎ははしり出した。ラウダもはしってダビットのそばに来た。
「うーん」
ラウダが、さけんだ。
「あれは、モレロさんじゃないか」
玉太郎もさけんだ。
ダビットはカメラをとりあげた。
「人道上《じんどうじょう》には反するけれど、絶好《ぜっこう》の場面だ。ケン、ラウダ、玉太郎、早く救助に行ってくれ、僕もすぐあとを追う」
そういわぬうちに、三人の姿はリスのように山の肌をかけており、恐竜の谷へころがるようにいそいでいた。
恐竜の巣《す》へ
ここで話を少し前にもどそう。なぜモレロが恐竜と戦っているのかを、読者はきっと知りたいに違いない。
フランソアとラルサンの二人の水夫はモレロの指揮《しき》にしたがって、丸木舟を作っていたことは読者のすでに承知のとおりだ。
その丸木舟が出来上ったのは、ちょうど玉太郎の一行が洞穴の横穴をいそいでまわって苦しんでいたころである。
「御苦労、御苦労、さあ、出来上ったら、御苦労ついでに海まではこぶんだ」
「やれやれ、まだ仕事があったんですかい」
「あたり前だ。ジャングルの中じゃ、ボートは進みはしない」
「そりゃそうですが、海に行ってどうするというんです。まさか、これで島から逃れようなんて、いうんじゃないでしょうね」
「だまって、俺のいうとおりをやりゃあいいんだ。つべこべいうと、どてっ腹に風穴《かざあな》をあけるぞ」
「へい、へい、やりますよ、やりますよ、何も海まで運ばないというんじゃありませんやね」
フランソアもラルサンも親分格のモレロにかかると、まるで赤
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