ようがなかった。けれど、やらぬよりはいいだろう。無駄《むだ》になったら無駄になっただけの事だ。
「おいポチ、お前は僕らの手紙をもって、使いに行っておくれ」
 ポチはいいとも悪いとも感じないらしく、さかんに尾をふっていた。
「ラウダさん、手紙を書きたいんですが、紙と鉛筆はありませんか」
「紙と鉛筆なら、僕がもっている」
 ダビットが、胸のポケットから手帳を出した。それにペンシルがついている。
 ケンが手帳の紙を一枚ぬいて、それに玉太郎たちのぶじなことを書いた。これを玉太郎のぬいだ靴下に入れると、玉太郎はポチの首にゆわえつけた。
「ポチ、いってくれ」
 ポチはワンと吠《ほ》えた。玉太郎の気持がわかったらしい。
「ゆけ」
 玉太郎は命令した。
 ポチは悲しそうな眼を玉太郎にむけたが、玉太郎のいうことがわかったらしく、洞穴の中から出ていった。
「さ、僕らは一睡《ひとねむ》りしよう」
 ケンの言葉に一同は、洞穴のぐるりをとりまいている岩の床に足をのばすことにした。
 疲れがぐっすりとねむらせてくれた。
 どの位眠ったか。
 ワンワンとけたたましく吠えるポチの声に玉太郎がまず眼覚めた。
「ポチ、どうした」
 ポチは尾をふっている。ぶじに任務をはたしたといった誇《ほこ》り顔である。
 玉太郎はポチの靴下をほどいた。
 やっ、別の手紙が入っている。
「一同の無事なることを知って喜びにたえない。こちらでツルガ博士とネリ親子と自分は諸君の帰りをまっている。セキストン伯の連絡はない。モレロと二人の水夫フランソアとラルサンは行方不明だ。ともかく諸君の帰ることを我々は待っている。上陸地点から動かぬことを約束する。おそらくこの便りは仕事を十二倍もする愛すべき小さい犬によってケン及びその友達のもとに到着すると確信している。故《ゆえ》に二十四時間の間、我々はここにまっていることにしよう。マルタン」
 玉太郎はこの手紙を読んでおどり上った。
「ラツールさん。ケン小父さん、ダビットさん、張さん、それからラウダさん。みんな起きた、起きた、大事件《だいじけん》だ」
 そうさけびながら玉太郎は空缶《あきかん》をガンガンと打ちならした。
「おい玉太郎の玉ちゃん、どうしたんだい」
 ラツール記者が第一に眼をさました。
「恐竜がやって来たのかい」
 そういってとびおきたのはダビットだった。
「落ちついて、落ちついて……」
 とケンはシャツのボタンをはめながら落着いていた。
 張と、ラウダも起きてきた。
「返事が来たのです。ポチがもって来たのです。ごらんなさい、ケン小父さん、これです」
「うん、ポチはなかなかやるね、どれどれ」
 玉太郎の手渡したマルタンからの手紙を、ケンはみんなに聞えるように、大きな声でよみあげた。
「ばんざい」
 ダビットが両手をあげた。
「どうする」
 ケンがみんなを見まわした。
「すぐ出発するか、それとも」
「それともなんですか」
「あの帆船《はんせん》を調べるんだ」
 一同の頭の中には、うまくすれば、あの帆船にのって、この島から脱出出来るかも知れないという希望がちらりとかすめた。
「調べても無駄です」
 ラウダが頭をふりながらひくい声でいった。
「僕は十分調べてあるんです」
「その調べた結果をうかがおう」
 ケンは議長格で発言した。
「まず船は痛んではいません」
「大洋の航海に出ても大丈夫かしら」
「部分的には朽《くさ》っているとこもあるが、大丈夫でしょう」
「それはありがたい」
「船は大丈夫でも、あの洞穴から出ることは出来ない」
「出来ないというと」
「なぜだかわかりませんが、船は少しも動かないのです。潮《しお》の満ち引きにおうじて、多少なりとも動くべき筈のところ、船底をコンクリートで固定でもさせられたように、動かない。だからだめでしょう」
 ラウダは下をむいた。
「よし、動くとしても、あの湖からどうしで船を海に出すことが出来るだろうか、僕はよく調べました。五年もの間、調べに調べた結果なのです」
 半ばひとり言のように、深いあきらめの顔色が、ひが消えるような溜息《ためいき》と一しょに、みんなの胸を悲しくさせた。
「でも、一度調べてみようじゃないか」
 長い沈黙の後で、ケンが元気よく云った。
「ラウダ君の見落した処もあろうし、また僕たちの新しい発見に期待してよいだろう」
「ケン、いいところへ気がついた。さあ怪船探検へ出発しよう。ラウダ君が先に立つんだ。それからケン、玉太郎、ラツール君の順で行きたまえ、張君はややおくれてあとから……」
「ダビット、何をいっているんだ」
「映画の話だ。僕はここにカメラをすえる。君はそのままの位置でとまってくれ給え、今度は、僕は船の上から、とる。なにしろカメラが一台だから、カメラマンは忙しいんだ」
「ダビットさんは相変らず仕事熱心だなあ」
「そんなに苦労してとったフィルムが、いつ世界の人の眼にとまるのだ。永久にこの宝島に葬《ほうむ》りさられるとも限らないのだよ」
 張が重々《おもおも》しい声で死の予告をした。
「それは僕らが死ぬということにきめているからだよ。僕らは助かる。そして文明社会に帰れる。帰った翌日にこの映画はもう封切られるのだ。ニューヨーク劇場にしようか。それとも、ワシントン劇場にしようか。僕はそれまで考えているんだ」
「夢のような話だ。奇蹟のむこう側の物語だよ、君のいうことは」
「いや違う。明日の事を、僕はいっているんだ。大統領をはじめ朝野《ちょうや》の名士を多数招待して封切《ふうぎ》る場合はとてもすばらしいぞ。僕はケンと一しょに舞台にのぼる。嵐のような拍手だ。ケンが恐竜島の探検談を一席やる、僕がつづいて島の生活について語る。そして映画についての説明をする。人々はただ驚嘆《きょうたん》のうちに僕らの行動をたたえるだろう。リンドバーグのように、ベーブ・ルースのように、僕らは世紀の英雄になるのだ」
「やめてくれ、ダビット。その話は帰りの船の中で聞こうじゃないか」
 ダビットは不平そうだった。だがこんなみじめな場合においても、明るい、ほがらかな性格だ。希望をすてない態度に、玉太郎はアメリカ人のよさを見せつけられたように感じたのだった。
「さ、諸君、出発だ」
 ダビットはカメラのレンズのおおいをとった。
 不平をいいながらも、誰もがこの演出通り歩きだした。
 一歩、一歩すべる岩道を湖の方にくだってゆく。そのゴロゴロした岩道の向うに、大きい帆船が、御殿《ごてん》のようにそそりたっていた。


   僕らは助《たすか》る?


「この船に乗り組む途《みち》はただ一つ。あすこです」
 ラウダが指差《ゆびさ》した。
「あの岩から、岩づたいにわたって、浅瀬《あさせ》を通って行くのです。さ、僕の後についてきたまえ」
 いくども、いやいく百回も通いなれた路にちがいない。ラウダはすっかりなれた足取りで、岩道をのぼっていった。
 あとからすぐダビットがつづいた。ダビットは、彼の計画通り、一同が船に乗りこむのを帆柱《ほばしら》の陰あたりからおさめる考えらしい。
 ラウダが浅瀬を通って、船ばたにたれている綱にすがって、軽く船内に入ると、ダビットもつづいてあがった。もっともダビットの場合は、ラウダほど身軽くはゆかない。危《あやう》く落ちそうになるところを、よこからラウダにひっぱりあげられたのである。
 ケンも張もあがった。ラツールはひどく疲れているからポチと一しょに岩に腰をおろすことになった。
「玉ちゃん、しっかりたのむよ」
「うん、大丈夫だ。僕、よく見てくるよ」
 玉太郎はラツールと握手をすると、身軽に飛びさった。
 甲板《かんぱん》はしっとりとしめっていたが、塵《ちり》一つなく美しく片づいていた。帆はどの帆もすっかり巻きこまれてた。
「この帆は役立つかな」
「大丈夫役立つ、現《げん》に僕はこの帆をはいで、小型のテントを作った」
 ラウダが答えた。
「まず我々は船長の部屋に敬意を表することにしよう。僕が案内する。ついて来たまえ」
 ラウダは、自分の家を案内するように先にたって、階段をおりていった。
 階段はギシギシ音をたてる。ある部分はくさっていたが、それでも足をふみはずしてころげ落ちるという危険はなかった。
「ここが船長室だ」
 ラウダの指さした扉を見て、一同はぞっとした。扉の上に、すでにミイラになった人の首が、短刀《たんとう》に釘《くぎ》づけになってはりついているのだ。
「なんだい、この謎は」
 ダビットが首をかしげた。
「この部室に入るものは、この者と同じ運命をたどることを覚悟せよ」
 ケンがミイラの首の下に書いてあるスペイン語を英語になおして説明して、
「つまり、船長室に入っちゃならぬというんだね、ケン」
「そうだよダビット、船長室に入ることは、死を意味することだと、この者が説明しているのだ」
「けれども入った者がいるのです」
 ラウダが口をはさんだ。
「おそらく船長室には、この船の宝物が全部集められていたにちがいない。船長はこれを守るために、この掟《おきて》をつくったのだろう。しかし、慾深い人は、死を覚悟してこの掟を破ったんだ。この扉を開いた」
 ラウダは、足でダーンと扉をけった。
 扉がダーンと音をたててむこう側にあいた。
「見給え、掟を破った者の姿だ」
 玉太郎はもう少しでキャーッという声をたてるところだった。
 入口のちょうど正面に一人の男がたっていた。いや、正面の壁に立たされているのだ。胸から背にサーベルがぐさりとささっているそれがさらに壁をつらぬいて、男をささえているのだ。男といってももちろん、ミイラになっている。
 苦しんで死んだらしいようすが、そのかっとあいた眼にも、口にも、まだ白さが残っている歯にも見えた。
「恐ろしい姿だ」
 ケンがしずかにいった。
 張がすすみ出て、部屋の中へ入っていった。一同はそれにつづいた。
 部屋は二|米《メートル》四方の小さい部室だ。部屋のすみには美しい彫刻をほどこした金具でかざられた箱がつみ重ねられていた。その箱の蓋《ふた》はどれもこれもあけられているか、ひきちぎられていた。
「金貨がある。宝石もある」
 とり残された宝の一部が、箱の中にはスペイン金貨が二三枚ちらばっていた。
「キッドの宝がここにあったのだ」
 張がいった。
「しかし、誰かがすでに運びさっている」
「君か、ラウダ」
 ダビットが、ラウダの顔を指さした。
「そうだったら幸福なのだが、そうではないのが残念なのだ。僕らの探検の前に、すでに誰かが、この島に来ていた。そしてキッドの宝物は彼等の手に処分されていたのです」
「あ、ほら、さっきあったあの骸骨《がいこつ》ね」
 玉太郎が思いだしたようにいった。
「僕がセキストン伯爵の首だと思ったあの骸骨、あれがそうじゃないんですか」
「うん、僕もそう思っていたところだよ」
 ケンがうなずいた。
「何者かがここから運び出して、島のあるところに運んだのです。僕もそう思った。そこで五ヶ年の間、それをさがしつづけてみたのです」
「それでラウダ、君にはわかったのだね」
「確かではないがある程度はね、しかしそこは僕らの手にはおえないところなのだ」
「そりゃどこだ」
「恐竜の巣《す》の穴《あな》らしいんだ。それも、らしいというだけで、はっきりはわからない」
 ダビットは首をふりながら、
「残念ながら、ここは暗すぎてカメラに入れるのは無理だ。外に出よう。どうも僕にはこんなミイラ君とは仲よしになれそうもない」
 そこで、一同はふたたびラウダに案内されて、甲板に出た。
 船尾から船首へ。
「おや大砲がある」
「およそ古いね」
「大昔の海賊が、おもいやられるね」
「昔はこれで戦ったんだから、戦争も悠長《ゆうちょう》なものだったに違いない」
 そんな会話をしながら歩いてゆくと、
「やっ」
 とラウダが何におどろいたか、突然のさけび声をあげた。
「どうしたんだい、ラウダ」
「船の位置が、船の位置がちがっているんだ」
 彼は湖面を指さしながら、絶叫《ぜっきょう》した。
「五年の間、少しも動かなか
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