と岩の間を通して明るい光が流れこんでいた。
「おや、あれはなんだろう」
今四人が出て来た横穴の下、二米には水があった。その水の上には大きな船が浮んでいた。
船といっても汽船ではない。蒸気船でもない。帆船《はんせん》だ。もう二三百年もの昔、いやそれ以前の船にちがいない。
ヨーロッパの港々を荒した海賊船を読者は想像してほしい。その黒い影が四人の眼の前に、にょっきりたっているのだ。
洞穴はこの帆船の格納庫《かくのうこ》の役目をしている。どこからこの船がここに入ったのかは、いずれわかることだが、四人が完全にびっくりしたことはまぎれもない事実だった。
「コロンブス時代の船だろ」
「アメリカ大陸発見以前の遺物《いぶつ》だ」
「船側《せんそく》はもう苔《こけ》むしている。船底はおそらくかき[#「かき」に傍点]のいい住家になっているにちがいない。帆はまきおろされているが、すでにぼろぼろになって、使いものにはならないだろう」
船は小波の中にしずかに、ゆったりとゆれていた。潮がずんずん引いてゆくので、その力にのってか、いくらかずつむこうの方に進んでゆくらしい。
この洞窟は先に行って、右か左に大きくまがり、やがて外の大海につながっているのだろう。
かくされた神秘《しんぴ》の大洞窟にねむる怪船である。
「あ、ポチだ!」
犬のほえ声が、ガンガンとひびいた。
「ケン小父さん、ダビットさん、張さん、あそこだ」
玉太郎が右手をあげた。
今四人が出て来た横穴の前は、幅《はば》五十センチ位の道になっている。それが自然の階段をつくって、洞窟の天井にのぼっているのだ。その天井から、まずポチがおりて来た。
「おお、あすこだ」
四人は歩きだした。
「あ、ラツールさんだ」
ポチからおくれて、ラツールの姿が見えた。
そのラツールのあとから、これは、この世の者とも思われない怪奇な、すさまじい姿をした怪人があらわれた。
「何だあれは?」
ケンも、ダビットもそれから張も、もちろん玉太郎も冷水をあびせかけられたように、ぞっとして立ちすくんだ。
島には恐竜の外に、別の恐怖があったのだ。
スペイン時代の遺物としか思われない帆船と、怪人!
「あれがラツールの云っていた島の住人なのか」
張が落ちついた静かな声で云った。
ブラック・キッドの宝《たから》
まず飛んで来たのはポチだった。
ポチは玉太郎の腰にとびついた。玉太郎が腰をかがめると、うれしくてたまらぬとばかり、鼻の頭をなめ、ほおをペロペロやり、ちぎれるばかりに尾をふった。
「やあ、ポチ、元気がいいなあ、御主人に会えてうれしそうだね」
ダビットはそういいながら、玉太郎とポチのようすをカメラにおさめた
撮影用のレンズは玉太郎から移動して、例の怪巨船《かいきょせん》にうつり、さらに岩道をこちらにやってきたラツールと怪人にむけられた。
「ラツールさん」
「おお玉ちゃん、よかったねえ」
ラツールは玉太郎の頭をなで、ついでケンやダビット、張の手をにぎった。
「よく生きていましたね」
とケン。
「ええ、このラウダ君、いやまだ、みなさんに紹介していないが、ラウダ君です」
ラツールは後に立っている怪人の方をふりむいた。
ラウダ君と紹介されたその人は、ボロボロの服をまとい、髭もぼうぼうとはやした人間ばなれのしたようすをしている。
「前の探検隊員の生き残り勇士ですよ」
「数年ぶりで英語が話せて、こんなうれしいことはありません」
ラウダはケンやダビットと握手した。
「僕はこのラウダ君に助けられたのです。皆さんが僕を崖の上において、ふたたび崖をおりていった後で、恐竜がやって来ました。それまで僕を看護していた方は、あまりの恐竜のおそろしさに、僕をかかえこむと夢中で逃げだされたのです」
「マルタンさんですね」
「そうだ。ピストルがなった時だ」
「僕らもおどろいて、洞穴《どうくつ》の中へ逃げこんでいた時だ」
「ふとったマルタンさんは僕を背負っている事が大へん苦痛だったんです。いくどかころびました。その都度、恐竜の長いおそろしい首がわれわれの方へのしかかって来るのです」
そうだろう。
一人は飢《う》えと疲れに、半分死んでいる人間だ。いかにマルタンが力があったとしても、それを背負って行くということは、大へん困難だったに違いない。ましてマルタンはふとっている。ただでさえかけ出すのに、心臓がドキドキする方だ。マルタンのこまりぬいたようすがよくわかる。
「最後にころんだ時は、生あたたかい恐竜の息が私の体をつつみました。マルタンは私とはなれて、草むらの中をころがって行きました。僕は気を失ったのです。そして気がついた時は、このラウダ君に助けられていたという寸法なのです」
「恐竜は弱いものいじめはしない。また動物は餌《え》にしません。象のようなものです。草と小さな魚を食事にしているのです。けれどその力は強く、いちど怒ったら巨船《きょせん》でもうち沈めるだけの事をやります。おとなしい割に兇暴《きょうぼう》な一面をもっています」
ラウダが説明してくれた。
「さあ、僕の洞穴に来るか、この船のキャビンへ御案内しましょうか」
玉太郎たちは疲れている。安全なところで一眠りしたいのが一番ののぞみだ。
「では少し歩きますが、私の洞穴にいらっしゃい。食事もあります。火もあります」
ラウダにつれられて、一同は洞窟の湖の方をめぐりながら、例の洞穴にむかった。
洞穴は四|米《メートル》四方の部屋が二つつながっている。まわりは腰をおろすに具合よく岩がけずられていた。そこは寝台にもなる。奥の部屋の中央には、小さい炉《ろ》が切ってあり、枯木がチロチロ燃えていた。から缶がかけてあって、白い湯気《ゆげ》を上らせながら湯がわいていた。
天井に具合のよい窓明りがあって、そこから光が太い帯をなして流れこんでいた。
ラウダは小さい缶に湯をうつし、一同にふるまった。
「ここは僕の住宅です。恐竜の心配もないし、雷雨《らいう》の危険もありません」
ケンは二枚着ていたシャツの一枚をラウダにあたえた。ダビットはポケットからはさみを出してラウダの髪をかった。
「こうすると、いささか人間らしくなる」
ラウダは大喜びだった。
「ラウダ君、君はどうしてここに住んでいるんです」
みんなが落着いてからケンが質問の第一をはなった。
「ラツール記者からもきかれたことですが、お話しましょう」
ラウダは奥から薯《いも》だとか、椰子《やし》の実をかかえてきた。それをきったり、焼いたりして食べるのだ。
「ゆっくり食事をしながら聞いて下さい」
ラウダは、みんなの眼が、自分に集中されているのを感じながら、ゆっくり話しはじめた。
「私はロンドン博物館に勤めていた者です。五年前、そうです、ちょうど五年前です。セキストンという人が探検隊を組織いたしました。彼は別に目的があったのですが、当時のその探検団の企画《きかく》は南の孤島《ことう》に住む生物を研究するということでした。私は理学も動物の方を研究していた者ですから、喜んで参加いたしました。そしてこの島にやって来たのです」
「セキストン伯のねらっていたのは、生物ではなく、この島にかくされている海賊の宝だったのではないのかな」
ラウダの話のとちゅうにケンが口を入れた。
「そうです。約八百八十年の昔、スペインの海賊船、ブラック・キッドがこの島にその財宝をかくしたという、しっかりした証拠があったのです。セキストン伯はそれを知っていました。そしてこの島に来たのです」
「それで、宝はさがせたのですか」
「さがせませんでした。二三枚の金貨をひろったようです。又波にくだけた宝箱の破片も得ました。ですから賊宝《ぞくほう》がこの島にあったということは証明されたのです。ですがそれを手に入れぬうちに引揚げざるを得なかったのでした」
「それは何が原因だったのです」
「恐竜です。恐竜がいる事で、探検団の連中はすっかり肚胆《どぎも》をぬかれてしまったのです」
「わかった。探検団は引きあげた。その船は恐竜におそわれて、乗組員はほとんど死んでしまった。残ったのはセキストン伯がたった一人だけだった。ということを伯が僕らに話していたっけ。けれど、もう一人生き残った者がいたのだ。彼はどんな方法かによって島にたどりついた。そしてこの孤島で救いを待ちながら一人生活していたんだ。その男はラウダ君、君だ」
「そうです。その通りです」
ダビットの説明をラウダは深く、大きくうなずいた。
そして、言葉を続けて、「いい落した処をおぎなうならば……」
「うん」
ケンがひざをのり出した。
「僕、ラウダはあれから五年間の間に恐竜の性質を研究した事、キッドの船をこの洞窟の中の湖に発見したこと。船の中には宝らしいものはなかったが、その宝は島の洞穴の一部にかくされていること。そしてそこへ行くには恐竜の巣をこえてゆかねばならぬこと。それを発見したのだ」
「さっき見た船、あれがキッドの船なの」
玉太郎は眼をかがやかせた。
「そうだ」
ラウダは湯を一杯のむと、
「ブラック・キッドは、自分の死期《しき》が近づいてきたのを知ると、かねてさがしておいたこの島にやってきた。この島の入江の洞穴の中に船を入れるだけの広さがあることを知っていた。しかも一度入れた船は岩をくずすことによって永久に出られぬ仕掛けになることも考えてあった。キッドは船をここに入れて、入口を岩でふさいだ」
「その時には、恐竜はいなかったの」
「さあ、そいつはわからん。恐らくいなかったのだろう、いても島の別の方面に住んでいたかも知れない」
「うん、それで、キッドはどうしたの」
「キッドは宝を乾分共《こぶんども》にはこばせると、乾分達を一人残らず殺してしまった。だから世界中キッドの宝がどこにかくされたかを知っている者はないのだ」
「でも、セキストン伯はそれを知っていたのでしょう」
「そうだ。キッドは宝のかくし場所の秘密を自分の子孫にひそかにつたえたに違いない。セキストン伯は彼の子孫からこの秘密を買いとったか、又はぐうぜんの機会から知ったに違いない」
「それで探検隊を組織したんだね」
「そうなのだ。僕らは彼にだまされて、安い賃銀でやとわれてここにやって来たのさ。そのあげくが君らに会えたんだ」
「うん、よかったね」
「よかったとも、僕は助かったんだ。英国《えいこく》に帰れるんだ。文明社会にもどれるんだ」
「その宝はどこにあるか、君は知っているのですか、ラウダ君」
今までだまっていた張が、後から声をかけた。
「知っていますよ。けれど恐竜がそれをまもっている。僕らにはとれないのです」
張はがっかりしたような顔をした。
「君は少し喜びすぎているよ、ラウダ君」
ケンが口をぎゅうっとむすんだ。
「君は僕らに会って帰れると喜んだが、僕らの乗ってきた船は、第一回のセキストンの探検隊と同じ運命をたどったんだ」
「え、じゃ、また恐竜にやられたんですか」
「そうだ。僕らはこの島に取りのこされてしまったんだよ。君の兄弟になったまでさ」
「……」
ラウダは手にしていた湯呑みの缶をカラリと落した。その缶はカラコロリンと音をたて、ラツール記者の方にころがってきた。誰もそれをひろう者はいなかった。又誰も言葉なくだまり続けるばかりだった。
ポチよ大手柄《おおてがら》だ
一同はラウダの洞穴《ほらあな》で十分に休養をとった。海岸にのこっている連中に、自分たちがぶじでいることを知らせて安心させてやりたいと思ったが、まず体の疲れをとることが第一だった。
「おい、ポチ、お前は伝令《でんれい》が出来るね」
玉太郎がポチに言った。ポチの首輪に手紙をつけて、みんなのところへ使いにやれば、みんなも安心するだろう。
「玉ちゃん、そいつは無理だよ。いかにポチが名犬だといっても、伝令の役は出来ないよ」
「でもラツールさん。ポチはとっても利口なんです」
「それだったら、すぐに君の危険なことを知って、僕に伝えてくれるはずだ」
玉太郎はなんとも返事のし
前へ
次へ
全22ページ中17ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
海野 十三 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング