して、それにかわって怒号《どこう》が聞えた。
 と、頭の上が、急に暗くなったように思った。はてなと、その方を見ると、太い丸木橋みたいなものが、二つ岩の上にかかり、前後に大きくゆれていた。その橋は、急にふくれたり、筋ばったりした。丸木橋でなく、それが恐竜のくびであることに、間もなく気がついた。三頭だか四頭だかの恐竜が、彼の方へ向って攻撃をくわえているのだ。
「ばかな奴だ。誰だかしらんが、とうとう恐竜どもを怒らせてしまったんだ」
 ケンは恐怖にみちた目で、玉太郎たちを見まわした。ダビットは、カメラを上へむけて撮影に夢中であった。
「天につばをはくようなものだ。彼らは深刻にさとった頃だろう」
 張はおちつきはらって、そういった。それがモレロたちの仕業《しわざ》であることを、張はすぐさとったようだ。
「ケンさん。恐竜は元来おとなしい動物じゃないんですか。人間をたべたりしないのでしょう」
 玉太郎は、ケンにたずねた。
「あの巨獣《きょじゅう》は、おとなしいだけに、いったん怒らせると、ものすごくあばれるんだ。これはぐずぐずしていると、とばっちりが、こっちへまわってくるぞ。おう、みんな。今のうちに安全なところへ避難《ひなん》するんだ」
 さすがにケンは、早く気がついた。崖の上の誰かと恐竜の格闘がつづいている間に、こっちは安全地帯をさがしあてて、そこへとびこんでいようというのだ。
「あそこにいいところがある。ひくい天井をもった洞穴《ほらあな》があるんだ。そこへ行って、もぐりこもうや[#「もぐりこもうや」は底本では「もぐりこうもや」]」
 ケンは一同に合図をしてうしろへひっかえした。
 恐竜どものおそろしいさけび声が洞窟をはげしくゆすぶり、まるで地獄の底にある思いだった。


   避難《ひなん》の穴《あな》


「ここだ。大丈夫、みんなはいれるだろう」
 ケンがゆびさしたのは、海面からわずか一メートルばかりの高さに口を開いている洞穴であった。人間が二人腰をかがめてはいれるぐらいの大きさだった。自然にできた洞穴とは思われないしるしが、この洞穴の入口の上にあった。のみで、けずったようなあとが見えるのだった。なお入口の上に、なんだか文字のようなものが岩にほりつけてあるらしく思われたが、今はそれを判読《はんどく》しているひまはなく、ケンは一同をうながして、洞穴の中へもぐりこんだ。
 携帯電灯で、ケンが中を照らしてみると、奥は広くなっており、天井も高くなっていた。たしかにこの中は人工が加えていることがわかった。岸壁も、のみでけずって、中をひろくしたにちがいない。けずられた小さい石塊《せっかい》が、がさがさと靴や膝の下に鳴る。
 だんだん奥にはいったが、入口から七八メートルに行ったところで、行きどまりになっていた。壁のまん中に、舷窓《げんそう》ぐらいの穴が一つあいていた。そのあたりは、やや高くなり、壁も垂直に削《けず》ってあったが、ほりにくいせいか奥行のせまい棚《たな》のようになっていた。
 ケンは、いちばん奥のところへあぐらをかくと、
「ここでしばらく形勢を見守ることにしよう。とにかくここにもぐりこんで、おとなしくしていれば、恐竜に襲撃されることはないだろう」
 といった。
 一同もケンの説に同感して、安堵《あんど》の色をあらわした。
 この洞穴にも、怪獣のおそろしい咆哮《ほうこう》がひびいてきた。銃声はもうしない。
 いったい崖の上では、どんなことが起ったのであろうか。
 すべてはモレロのらんぼうと、そして彼と二人の水夫との慾ばり根性に発しているのだった。
 モレロと二人の水夫は、ロープにすがって、崖を中段まで下りた。それは、海中の岩の上のぴかぴか光るものに、すこしでも近づくためだった。
 モレロは、そのぴかぴかの正体をもう少しはっきり見きわめたいと思った。彼は二人の水夫のように、それが黄金色をした恐竜の卵であるなどとは思っていなかった。大昔の海賊が持ちこんだ金貨か黄金製の装飾品か武器のたぐいであろうと見当をつけていた。
 あいにくと、望遠鏡を持ってこなかったので、残念でしかたがなかった。そこで崖を中段まで下り、二人の水夫に命じて、小さい岩のかけらを、かのぴかぴか光るものに向って、力いっぱい投げさせてみたのである。それがうまくとどいて命中すれば、音がするであろうし、また位置をかえ、あるいははじきとばすであろう。それによって、ぴかぴか光るものが何であるかを、もっと正確に診断することができるはず――と、モレロは、彼らしい智恵をはたらかせたのであった。
 フランソアとラルサンは、水夫になって以来はじめて命じられたこの仕事を、とにかくはじめたのだった。上の崖から落としておいた岩のかけらを足もとからひろいあげ、
「えいッ」
「それッ」
 と投げつづけたのである。
 ところが、モレロが考えたようには、なかなかいかなかった。うまく命中してくれないのであった。そればかりか、とんでもないものに命中してしまった。眠っていた恐竜の鼻に、岩のかけらが、ごつんと命中したのであった。
 さあ、たいへん。恐竜がぐいと鎌首《かまくび》をもたげると、うなり声をあげて怒り出した。仲間の恐竜も目をさまして、びっくり半分、さわぎだした。そこへモレロがピストルをぽんぽんとぶっ放したものだから、さわぎは大きくなった。恐竜は、嵐のような息をはいて、人間どもにおそいかかったのであった。三人は今や最大の危機にさらされた。
 一方、洞穴の中にいちはやく避難した玉太郎にケンとダビット、それから張の四人組の方にも、一大危険がおそいかかった。
 というのは、運のわるいことに潮《しお》がだんだんあがって来たのである。四人のしめていられる場所は、刻々《こくこく》とせまくなって来た。早い時期に外へとび出した方がよかったかもしれない。だが、四人はすっかり疲労しきっていた上に、恐竜の咆哮がおさまるとともに、心のゆるみが一度に出て、四人とも前後もしらず、深い睡りに落ちていったのである。やがて気がついたときは、身体の一部が海水にひたされており、そして洞穴の入口は海水のために隙間《すきま》もなくふさがれていたのであった。
「おい、起きろ、起きろ」
 ケンがまっ先に気がついて、一同をおこした。ダビットは、足をすっかり水びたしになっていた。ケンと玉太郎はそれほどぬれていなかった。
「まだ潮はあがってくる。どこまであがってくるか分らないが、まさか天井までひたすことはあるまい。みんなこっちへかたまろう」
 一同は、きゅうくつなかっこうで、奥へ集った。
 どこまで水はあがってくるか。もうこのへんで停まるだろうと思いの外《ほか》、水は勢いをゆるめず、水位をあげてきた。
 ケンは、その頃、いやなことに気がついた。それはうしろの岩壁の穴から、空気がぬけていくということだった。もしこの穴がなかったら、洞穴は壺のようになっていて、潮が入るにつれ空気は圧縮されるけっか、海水をおしもどし、ある程度いじょうに海水を入れないですむ。ところが、壺の底に穴があいていると、空気は圧縮されないから、この洞穴はすっかり水びたしになってしまうおそれがある。いやなことは、このことだった。
 四人がはいりこんだ安全の洞穴が、四人が溺死《できし》の墓穴《ぼけつ》になろうとしているのだ。
 ああ、これも呪《のろ》われたる運命というべきであろうと、ケンは全身に冷汗《ひやあせ》をかいた。


   冒険の計画


 悪運がつよいということがある。
 モレロと二人の水夫の場合が、それであった。この三人は恐竜を怒らせてしまって、四頭からのはげしい襲撃をうけたが、あやうい瀬戸際をどうにか防ぎまもって、やっとのことで生命をひろった。すきを見て、三人は死にものぐるいのすばやさでもってロープをよじのぼり、むがむちゅうで地下道をかけぬけ、密林をかきわけ、ようやく海岸の基地《きち》へたどりついた。そのとき三人が三人とも、熱砂《ねっさ》の上に、おっとせい[#「おっとせい」に傍点]がたたきつけられたようなかっこうで人事不省《じんじふせい》におちいり、三十分ばかり死んだようになっていた。
 先へ逃げかえった実業家マルタンとツルガ博士親子の熱心な看護によって、やがて三人は息をふきかえしたのだった。
 その当座《とうざ》は、彼らも気まりがわるいと見えて、おとなしく神妙にしていたが、時間がたつに従って、元にもどっていったん悪運に乗るモレロは、翌朝になると早くも次のもくろみに手をつけた。
 彼は二人の水夫をつれて、海岸づたいに右の方へ歩きだした。
 それに気がついて、マルタンは天幕からとび出すと、大声で彼らを呼びとめた。そして彼らがどこへ行くのか知らないが、それよりも今日はすぐに恐竜洞へはいって、昨夜はついにかえらなかった玉太郎たちの安否《あんぴ》をたしかめ、必要なら救助作業をしてもらいたいものだと申入れた。
「まあ、それはあとでいいよ。もっとも、君が早くそれをやりたいというのなら、われわれにかまわず、先へやってくれてさしつかえなしだ」
 モレロは、そういうと、再びマルタンの方へふりむこうとせず、二人の水夫をうしろにしたがえ、砂をざくざくと踏んでいってしまった。
 三人は、いったい何をするつもりであろうか。
 そこをどんどんいくと、読者諸君もご存じのように、石垣式《いしがきしき》の小桟橋《こさんばし》がある。それを越えたところに、カヌーがひっくりかえったままになっている。
 そこを右手へまがる。やや切りひらいた土地があるが、今は雑草が人間の背よりも高くしげっていて、ちょっと見たところでは、足のふみ入れようもない。三人は、雑草を分けて、奥へ奥へとはいっていった。左右にならぶ椰子の木の列を目当てに、両者の中間をずんずんと奥へ行くのであった。
 その道は、わざとそうしたものらしく、曲りこんでいた。外海《そとうみ》から発見されることをさけるためであろうと思われたが、その道の行きあたりに、この原始林の世界にはにあわぬ洋風の小屋があった。
 それは造船所であった。いや、おそまつなものだから、造船小屋といった方がいいであろう。
 戸は、あけはなしになっていた。
 三人が中へはいると、小屋の中も、雑草がおいしげって、足のふみ入れ場所もなかったが、その中から造船道具や船台やそれから造船材料などがちゃんとそなえられているのを見た。
「大いによろしいだ。じゃあ早速《さっそく》今日から、おれたちは船大工《ふなだいく》になるてえわけだ。吃水《きっすい》の浅いボートを一隻、できるだけ早く作りあげるんだ。いいかね、しっかりやってくれ」
 モレロはひとりじょうきげんで、二人の水夫にそういった。
「えッ、船大工ですって。わたしたちには、そんな経験はありませんよ」
「なくってもいい。たかがボート一隻こしらえるだけの仕事だ。ボートなら、お前たちは今までいやになるほど扱っているじゃないか」
「いったい、ボートをこしらえて、どうするんですか」
「あのぴかぴかの宝をよ、おれたちが洞窟の外からボートにのってはいって、すっかりちょうだいしようというんだ。えへへ、どうだ、世界一の名案だろうが」
 モレロは、すごい顔に笑みをたたえて、胸をたたいた。


   希望の綱《つな》


 洞穴の水は、だんだん水位をあげてきた。
「おい、もう胸のへんだよ」
 ケンがいった。その声が洞穴《ほらあな》の天井にこだまして、ガンガンとひびいた。
「明日の朝、眼がさめたら、僕たちは土佐《どざ》エ門《もん》と名前がかわっているだろうな」
 ダビットはおどけた口ぶりでいった。みんなを元気づけるためのじょうだんも、それが本当になる恐れが十分あると思うと、誰も笑う者はいなかった。
 死は刻々《こくこく》と四人の身体に、音もなくしのびよってくるのだ。
「もうすぐ首だ」
 空気が逃げてゆくので、水はぐんぐんましてゆく。このままでいったら、もうしばらくで、この洞穴は水びたしになる。
 入口はすでに水の扉でふさがれている。
 洞穴の中はもうまっくらだ。
「ダビット、大丈
前へ 次へ
全22ページ中15ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
海野 十三 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング