え、張さん」と玉太郎が説明の役にあたった。
「伯爵は、とつぜんロープに下って下りてきたのです。ところがそのロープにはダビットさんとラツールさんがとりついていたもんだから、三人の人間の重味《おもみ》にはたえられなくなって、ぷつりとロープが切れたんです」
「ほう、ほう」
「上の方にいた伯爵は、もんどりうって一番下まで落ちました。なぜそんなむちゃを伯爵がしたのか分りませんが、ぼくが感じたところでは、伯爵はなにかにおどろいたためだと思います」
「なにかにおどろいたとは?」
「その前に、伯爵はひとりで、洞窟のあちこちを見まわしていましたがね、そのうちにおどろきの声とともに何か一言みじかいことばをいって、ロープへとびついて下りようとしたのです」
「短いことばというと……」
「ぼくは、よくおぼえていないのですが、なんでも、“あ、見えた、金貨の箱だ”といったように思ったんです」
「えっ、金貨の箱」
 張がおどろいたばかりか、それに聞き耳をたてていた二人の水夫も、つとばかりに仕事の手をとめた。
 モレロは、もっとはげしくおどろいたと見え、満面朱《まんめんあけ》にそめると、一本のロープをとりあげて、自らいそいで岩根にくくりはじめた。


   伯爵《はくしゃく》の行方《ゆくえ》


 ロープが張られて、ラツールはダビットに助けられ、上へ引上げられた。
「おお、玉ちゃん」
 ラツールは玉太郎にだきついた。
「よかったねえ、ラツールさん」
「ありがとう。君は三度もぼくの生命をすくってくれた」
 二人はうれし涙にくれて、いつまでも抱きあっていた。
 その間に、救援隊の四人はロープをつたわって、崖の中段におりた。
「ははあ、あれだな。ぴかぴか光っていらあ」
「ほんとに、あれは金貨らしい光だ」
 フランソアとラルサンが、小さい暗礁の上に光るものを見つけて、感心している。
 張は、無言《むごん》だ。
 モレロは、うなりつづけた。そして口の中で、ぶつぶつなにかいっている。
「……それで分った。あの伯爵め、恐竜以外に、何かもうけ仕事のこんたんがあると、にらんでいたんだが……まさか、これほど大きいものとは思わなかった。……どう見ても、海賊の残していった金貨の大箱が五つも六つもあるようす……時価になおすと、どえらい金高になるぞ。……恐竜を生捕《いけど》ることはやめて、これはどうしても、あの金貨をねらわにゃ損だ……はて、どうしたら、あの岩のあるところまで、安全に行けるだろうか……」
 ラツールはマルタンにかいほうされることになった。
 玉太郎はケンから相談をうけて、このさい、伯爵の安否をたしかめるため、あの中段の崖から下へおりて、海水がみちている崖下をさがすことになった。
 これは人道上、どうしてもやらなくてはならない仕事だった。
 これに参加したのは、ケンと玉太郎の外に、冒険好きのカメラマンのダビットと、あとから救援に来た張詩人であった。
 四人は恐竜を気にしながら崖下へロープを伝わって下りていった。
 恐竜はおとなしく、昼寝をしているように見えた。
 波がばさばさと洗う岩根をふみしめながら、四人は伯爵の姿をもとめて、先へ進んだ。
 いつもケンとダビットが先に立っていた。この映画班は、時々撮影をやった。これはもちろん商売であった。貴重《きちょう》な収穫《しゅうかく》だ。そういうときには、玉太郎が先へ出た。
 玉太郎が先へ進んでいるときのことであったが、波の岩のくぼみに、一つのされこうべが捨ててあるのを発見した。
「あっ、されこうべだ。伯爵のされこうべ……」
 伯爵は恐竜にくわれて、こんななさけない姿になってしまったのかと思った。
 ケンが追いついてきて、そのされこうべを手にとってみて、これは伯爵のものではないと断定《だんてい》した。
「見たまえ、波にあらわれて、骨が丸くなっているとこがある。よほど古いされこうべだ。伯爵のでないから、悲しまないでいいよ」
 そういわれて少年は、胸をおさえて、にっこり笑った。
「じゃあ、誰の頭なんでしょうね」
「さあ、誰かなあ。とにかくこの恐竜の洞窟には、永い興味がある歴史があるんだね」
 しばらく行くと、一行は、岩根に、おびただしい人骨《じんこつ》を発見した。
「やあ、これはたいへんだ」
「いやだね、ぼくたちはこんな風になりたくない」
 一行四人は、その前に立ったまま足がすくんでしまった思いだった。


   慾《よく》ふかども


 恐竜の洞窟の断崖での上では、モレロがひじょうに昂奮している。彼のすごみのある顔が、一そうけわしくなり、頬はひっきりなしにけいれんし、眉はぴくぴくと上ったり下ったり。そして急に歩きだしたり、また急に足をとめたり、落ちつきがない。しかもその間に彼は、海面に眠る恐竜の群から目をはなさない。
「ふーン。畜生め」
 彼はうなる。
 二人の水夫フランソアとラルサンも、モレロをこのように昂奮させた岩の上の黄金色まばゆき何物かを見つけてしまった。二人はむきだしに思っただけのことをさっきからしゃべっている。
「おいラルサン。おれたちはいよいよ百万長者《ひゃくまんちょうじゃ》になるんだぜ。あのぴかぴかしているのは、恐竜の卵なんだ。え、すばらしいじゃないか、恐竜は、あんなにぴかぴかと金色にひかる卵をうむんだぜ」
「フランソア、気をしっかり持ってくれ。たとい恐竜の卵を見つけたにしろ、どうしておれたちは百万長者になれるんだ」
「二人でな、この崖を下りて、あれを取るんだ。フランスまで持ってかえれば、一箇につき五万フランや十万フランで買い手がつくよ。いや、もっと高く売れるかもしれない」
「恐竜の卵が、そんなにいい値段で売れるかい、いくらぴかぴか金色に光っていても、卵だもの、とちゅうでくさりゃおしまいだ」
「あほうだよ、お前は。恐竜の卵とニワトリの卵といっしょになるものか。恐竜の卵は、すぐにはくさらないんだ。金色をしているのが何よりの証拠《しょうこ》じゃねえか」
「金色していると、永くくさらないのかい」
「はて、分り切ったことをいう。金色だから、熱もはじくし、中へバイキンも侵入できないし、おおそうだ、お前も見て知っているだろうが、ロンドンの博物館に恐竜の卵がたくさん陳列してあったじゃないか」
「ああ、あれなら見たよ。あれがどうかしたか」
「どうかしたかもないもんだ。あれは五百万年前の恐竜の卵なんだ。五百万年も、あのとおり、くさらないで、ちゃんと形をくずさないでいるじゃないか」
「そうかなあ」
「だからよ、ここから、フランスまではこぶのに、二週間あれば大丈夫だから、その間にくさることはありゃあしないよ。なにしろ五百万年もくさらない卵なんだからねえ」
「ふーン。分ったようでもあり、まだすこしのみこめないところもあるんだが……」
「お前はいつものみこみが悪いさ。頭がすごく悪いと来てやがるからね」
「しかしだなあ、フランソア。そうときまったら、早くあのぴかぴか卵をもらってこようじゃないか。お前、先へ行って、あそこへ泳いで卵を一箇か二箇ぐらい取って来るんだ。おれはその間に、細いロープで籠《かご》をあんでおくからね」
「それでどうする」
「おれがその籠を、ロープで崖下へ下ろさあ。お前は恐竜の卵を籠に入れて、ロープをひいて、よしと合図する。するてえと、おれはロープをたぐりあげて、ぴかぴかした卵を籠から出し、このへんに積みあげて行かあ。どうだ、いい段取だろう。どんどん仕事がはかどるぜ」
「バカヤロー」
「えっ、なんだって、きたないことばは使わない方がいいよ」
「だってそうじゃねえか。お前はここにずっといるんだから、いい役だよ。しかしおれはどうなるんだ。海を泳いだり、つるつる卵をかかえたり、それからよ、恐竜にいやな目でながめられたり、いい役まわりじゃねえ。だから腹が立つんだ」
「まあまあ、フランソア。お前はいつも気がみじかくて早合点《はやがてん》すぎるよ。お前ばかりに、卵をとるために海を泳がせたり、何かいやな目でながめられたりさせやしない。とちゅう、半分ぐらいのところで、お前とおれは交替しようというんだ。だからぜったいに仕事は公平に分担するんだ。怒ることはないよ」
「ああ、そうか。とちゅうで、半分ぐらいのところで交替でやるのか。うん、そんならいいんだ。それを早くいわないから、こっちはまちがえて腹を立てる」
「さあ、そうと話が分ったら、すぐ仕事にかかろう。おれは籠をあみにかかる。お前はそのロープにすがって早く崖の下へ下りて行きねえ」
「よし来た。いや、まてよ……」
「さあ、早く下りねえ。蟇口《がまぐち》なんか、とちゅうでなくすといけないから、おれに預けて行きねえ」
「こいつめ。おれが早合点するのをいいことにして、うまくごまかして、先へ恐竜のところへやろうとしやがったな。なんという友情のない野郎だ。フランス水夫の面よごしめ。たたきのめしてやる」
「何を、とんちきめ」
 フランソアがつかみかかると、ラルサンも負けてはいなかった。はげしい組打《くみうち》がはじまろうとした寸前《すんぜん》。
「おい、しずまれ。二人とも、けんかはやめて、うしろへ引け。いうことをきかねえと、心臓のまん中へピストルの弾丸をごちそうするぞ」
 と、雷のような声がひびいた。モレロの大喝《だいかつ》だった。


   とつぜんの銃声《じゅうせい》


 二人の水夫は、ちぢみあがった。
 モレロと来たら、手の早いらんぼう者であることを、これまでのつきあいで、よく知っていた。ピストルの引金をひくことなんか、つばをはくほどにも思っていない悪党だ。おとなしくしないわけにはいかない。
「お前たちに話がある。耳よりな、もうけ話だ。ここじゃ工合がわるい。こっちへ来い」
 モレロは、なぜか急に声をおとして、二人の水夫のうしろの岩かげへひっぱっていった。
 あとには実業家マルタンひとりが、上に取り残された。彼は、モレロのやっていることに気がつかないような顔をしていたが、実はすっかり知りぬいていたし、モレロのこれからやろうとすることにも見当がついていた。彼は不安を感じて、胸さわぎがおこった。
 彼は崖のはしまでいって下をのぞいた。この崖を水面まで下りていって、行方不明の伯爵をさがしにいった玉太郎たちの姿が見えるかと思ったのだ。だが、玉太郎の一行は見えなかった。もし見えたら、マルタンはすぐ信号を送って、彼らをしきゅうひきかえらせるつもりだった。今なら、モレロや、その手下のような二人の水夫に知れずに、合図《あいず》を送ることができたのだが、見えないとは残念であった。
 玉太郎たち四人は、浪の洗う岩根をふみこえ、伯爵の姿か又は所持品かを発見するために努力をつづけた。
 だが、いくら探しても、伯爵の姿はなかった。このへんに伯爵の身体がなくてはならないところにも、まったく何も落ちていないのであった。
 一時間あまりを空費《くうひ》して、何の収穫《しゅうかく》もなかった。そのとき彼らは、ロープで下りてきたところの岩根をかなり前方へまがって、恐竜のわだかまっている地点まで、あと三四メートルのところに来ていた。巨大なる体躯《たいく》をもった恐竜としては、一とびか二とびでとんで来られるところだった。しかし四人は、そのことについて正確には気がついていなかった。というわけは、彼らと恐竜の間には、将棋《しょうぎ》の駒《こま》のような岩があって、恐竜どもの姿を、彼らからかくしていたのだ。
 ところが、玉太郎たちは、にわかにこの恐竜どもの姿を、頭上《ずじょう》に仰《あお》ぐようなことになった。
 そのきっかけは、崖の中腹あたりかで、とつぜん轟然《ごうぜん》たる銃声がなりひびき、つづいて、だーン、だだーンと、めった撃ちに射撃がはじまった。
「おやッ。何が起ったのだろう」
「誰だい、ぶっぱなしたのは……」
 ケンもダビットも玉太郎も、顔色をかえて、銃声のした方向をあおいだ。しかし屏風《びょうぶ》のようにそそり立った岩がじゃまになって、発砲者《はっぽうしゃ》の姿は見えなかったが、誰とて分らないが、おそろしい悲鳴がつづけざまに
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