かいっているものの、万里《ばんり》の波濤《はとう》をのりこえて恐竜探検にここまでやってきた一行のことであるから、一刻《いっこく》も早く恐竜にはっきり面会したくてたまらない人々ばかりだった。
「おや、こんなものがひっかかっているぞ。カーキー色の上衣《うわぎ》の袖《そで》らしい」
監督ケンが、岩と倒れた木の間を抜けようとしたときに、木の枝に、それがひっかかっているのを見つけたのだ。
玉太郎は、それを聞くと、ぎくりとした。すぐさま彼はケンのそばへすべりおりていって、それを見た。
「あ、これはラツールおじさんの服だ」
袖のところに、ペンとフランスの三色旗を組合わせたぬいとりがあったから、それはうたがう余地がなかった。
「ラツールおじさんは、やっぱりここを下へ下りていったんだな」
下りていって、それからどうしたのであろう。その消息は不明であるが、玉太郎は安否《あんぴ》を知りたい人のあとについて今おいかけていることはまちがいないと知り、元気をくわえたのであった。
恐《おそ》ろしい発見
下へゆくほど穴の直径《ちょっけい》は大きくなった。
たしかに噴火孔《ふんかこう》のあとである。
だが、下へ下りるほど、空気は冷《ひ》え冷《び》えとして、この島のどこよりも暑さがしのぎよかった。
旧火山跡《きゅうかざんあと》にはちがいないが、かなり古い火口らしい。
やがて火口底《かこうてい》らしいものが見えた。
この穴は、まっすぐにはいっていないで、直径が大きくなりだしたあたりから、やや横にはい出して、大きなトンネルのようになっていた。だから別にロープをぶら下げて伝い下りをしないでも、火口底へ下りることができた。
あたりは急にうす暗くなった。
穴の奥はまっくらで、いよいよ気味がわるい。四本の探検灯が、ぶっちがう。それが不安を大きくする。
「いよいよ、この奥に恐竜夫人が寝こんでいらっしゃるだろうが、みんなよういはいいかね」
いつの間にかリーダーとなった監督ケンが一同をふりかえる。
「オー、ケー」
「注意しとくが、ピストルも銃も、いよいよというときでないと撃たないことだね。恐竜をびっくりさせることは、できるだけよしたがいいからね」
「よし、わかった」
伯爵隊長の注意は、すなおに聞きいれられた。そして一行は、冷え冷えとした土の壁にからだをこすりつけるようにして、前進していった。
「おや、どこからか風が吹いて来る」
玉太郎が、一大発見をした。
「おお、そうだ。たしかに風が通っていく」
「やっぱり生《なま》ぐさい風だね」
「いや、さっきの生ぐさい風とはすこしちがうようだ」
監督ケンが、首をひねる。
「恐竜の呼吸がここまでとどいているんじゃないかね。すると、われわれは恐竜夫人がくわッとあいた口の前へ出ていて、たべられる直前にいるのじゃないかね」
ダビット技師がふるえ声を出す。
「大丈夫でしょう。ポチがおとなしくしているから、まだ危険はせまっていないようですよ」
玉太郎は自信のあるところをのべた。
「そうかしら。あの犬ころの頭脳は、ほんとうに信頼するに足るんかね」
技師が、まじめな顔をして、玉太郎にたずねた。
「まあ、信頼するに足りますよ」
「まあ――とは気にいらないね。あの犬は気がへんになることもあるのかね」
「そうですね。このごろ、時によると、急にさわぎ出すんです」
玉太郎は、この前、汽船の上でポチが見えない何物かにむかってほえたてたことを思い出したのだ。
「おーい、早くこい。光がさしこんでいるところが見つかった」
前方で監督ケンの声が、強くコダマをして聞えた。今までは、大したはんきょうもなかったところを見ると、監督ケンの立っているところあたりは壁体の性質が急にちがってきたのであろうと、玉太郎は思った。冷え冷えとした気候が、少年の頭脳のはたらきを、久しぶりにかいふくしたように思われた。
快報だ。
この噴火口のとちゅうにおいて、横穴があって、それが外まで抜けて、日の光がさしこんでいるのであろうと、誰もが思った。
一同は足をはやめて、監督ケンの立っているところへ急いだ。
「うわーッ。すごい……」
悲鳴《ひめい》ににたケンのさけび声に、一同はおどろかされた。
「おーい。来るのは、ちょっと待て」
ケンがそういった。
「どうしたんだ」
ダビット技師が、おそるおそる聞いた。
「どうしたといって、恐竜が、たくさんいるんだ。ええと五頭、いや六頭もいるんだぞ。目をまわさない用意が出来た上でないと、ここまで来て下をのぞいてはいけないよ」
六頭の恐竜がいるという。それが白日《はくじつ》の光をあびて集まっているのでもあろうか。
「えええッ」
「うーむ」
と、つづく三人は、恐怖にあおざめ、思わず互いにすがりついた。
はたして、その向うには、どんなすさまじい光景が待っているであろうか。
恐竜《きょうりゅう》の洞窟《どうくつ》
なにがすごいといっても、こんなすごい光景は見たことは、玉太郎にとって、はじめてのことだった。
いや、玉太郎だけのことではあるまい。大胆《だいたん》なアメリカの映画監督のケンもダビットも、すっかり顔色をかえてしまい、しばらくその場に立ちすくんで、ひとことも口がきけなくなったことによっても知れる。
年をとったセキストン伯爵にいたっては、もう立ってはいられず、四つんばいになって岩にかじりつき、わなわなとふるえている。しかし伯爵は、ふるえながらも、岩のむこうを熱心にのぞきこんでいる。こわいもの見たさとは、この場の伯爵のことであろう。
四人の探検者の心を、かくも恐怖のどん底においこんでしまったすごい光景とは、いったいどんなものであったか。
それは、一言でいいあらわすなら、彼ら四人は、とつぜん「恐竜の洞窟」の見下せる場所へ出たのであった。
四人がかたまっている足もとには、岩があったが、そのむこうは、大きな空間がひらけていて、明るく光線もさしこんでいた。それは巨大なる洞窟であった。そして洞窟の天井にあたるところが、どこかわれ目があって、そこから熱帯の強い日光がさしこんで、洞窟内を照らしているのだった。
洞窟の中は、一面に青黒い海水がひたしていた。そしてその海水の中に、巨大なる恐竜が、すくなくとも四頭、遊んでいたのである。
一頭の恐竜でも、ぞおーッとするところへ、このふしぎな洞窟を発見し、その中に四頭もの恐竜が一つところへ集っているのを見たのだから、一同が死人《しにん》のように青ざめたのもむりはなかろう。
その恐竜どもは、玉太郎たちが近づいたのに気がついていないようであった。それは彼らにとって幸いであった。もし恐竜がそれに気がつき、玉太郎たちを攻撃しようと思ったら、それはちょっと長い首をのばして、崖の上にいる玉太郎を一なめにすればよかった。また、玉太郎たちがにげだしたら、恐竜はひょいと洞窟の底を蹴《け》って崖のうえにとびあがり、地下道を追いかければ、わけなく人間どもをとりおさえることができるのであった。
が、四頭の恐竜どもは、たがいに仲よくふざけていて、玉太郎たちには気がついていないようであった。
玉太郎は、ようやく心臓のどきどきするのをすこしくしずめることができた。そしてこの怪奇にぜっする恐竜洞を一そう心をおちつけてながめた。
見れば見るほど、天下の奇景《きけい》であった。岩山がうまくより集って、偉大なる巣窟《そうくつ》をつくっている。日は明るくさしこみ、そして洞窟の中をひたしている海水は、外洋《そとうみ》に通じているようであった。そのしょうこには、海水は周期的《しゅうきてき》に波立ち、波紋がひろがった。波は玉太郎の見ているところの方へ打ちよせて来る。してみれば、波がはいりこむ入口はこの洞窟の奥まったところにあるらしい。
そういえば、奥の方で、ときに美しい虹が見えることがあった。
恐竜が遊んでいる洞窟の中には、海水ばかりではなく、方々に赤黒い岩が水面より頭を出していて、まるで多島海の模型《もけい》のように見えた。その岩は、海水にいつもざあざあと洗われているものもあれば、水面より何メートルもとび出して、どうだ、おれは高いだろうと、いばっているように見えるのもあった。
怪鳥《かいちょう》が、しきりに洞窟内をとびまわっていた。そしてぎゃあぎゃあきみのわるい声で泣いた。
玉太郎が、この奇景に見とれていると、彼のそばへ、誰かしきりに身体をすりよせてくる者があった。玉太郎は、その者のために、横へおされて、姿勢をかえないと落ちるおそれがあるのに気がついた。「何者か、この無遠慮《ぶえんりょ》な人は」とふりかえると、なんのこと、それは探検隊長のセキストン伯爵だった。
(あ、この老人も、こわがっているんだな)と、玉太郎はちょっとおかしくなった。伯爵は、こわいものだから、玉太郎の体をかげに利用して、こわごわ岩鼻のむこうを眺めようとしているのであろうと、玉太郎は初めはそう思ったのだ。
ところが、それにしてはへんなところがあるのに、玉太郎は気がついた。というのは、伯爵の両眼《りょうがん》は、くわッと大きくむかれていた。まばたきもしない。前方の一つところを、じいッと見つめているのだった。
その視線をたどってみると、どうやら伯爵の視線は、洞窟の海水のひたしている中央部あたりにつきささっているらしい。恐竜は、一頭は岩の上にはい上っているが、他の三頭はもっと左側へよったところで、あいかわらずふざけていたから、伯爵は恐竜を見つめているのではない。
なにごとだろう。伯爵は、何を考え、何をしようとしているのか。
伯爵《はくしゃく》の昂奮《こうふん》
玉太郎はじっと伯爵の動作《どうさ》を、それとなく注意していた。
伯爵は、何ものかにつかれた人のように、そばに玉太郎がいるのにも気がつかないらしく見えた。その伯爵は、急に一声《ひとこえ》うなると、岩のうえに腹ばったまま、筒型《つつがた》の望遠鏡をとりだして、目にあてた。そして前より熱心に、洞窟の多島海のまん中あたりを見つめているのであった。
(なんだろう。伯爵は、ひじょうに自分の気になるものをさがしているらしい。なにをさがしているのだろうか。この前この島へ来てここへ残していった探検隊員をさがしているのではなかろうか。それとも、恐竜よりも、もっと珍らしい前世紀の動物をさがしているのであろうか)
玉太郎は、いろいろと考えまわしたが、すぐにこの答えは出なかった。
「ううん、そんなはずはない」
伯爵は、ひくい声で、苦しそうにつぶやいた。
「伯爵。どうしたんです。なにをさがしているんですか」
玉太郎は、ついに伯爵にたずねた。
すると伯爵は、くわっと眼をむき、大口をあいて、玉太郎から身をひき、にらみつけた。その顔付きは、玉太郎がこれまで一度も見たことのないおそろしい形相《ぎょうそう》だった。
「ああーッ。君なんか、君なんかの知ったことではない」
伯爵はいつもの伯爵とは別人《べつじん》のように、ごうまんな態度でいいはなった。そしてまた望遠鏡をとりあげて、洞窟のまん中あたりをさがしにかかるのだった。
そのとき、洞窟の中で、荒々しい羽ばたきをしてしきりに上になり下になり、たたかっている怪鳥が二羽あったが、それがそのとき、たがいにくちばしでかみあったまま、洞窟の天井《てんじょう》から下へ、石のように落ちて来た。そしてあっという間に、一つの平らな岩の上で昼寝をしていたらしい一頭の恐竜に、どさりとぶつかった。
怪鳥は絹《きぬ》をさくようなさけび声をあげるし、恐竜もまただしぬけのしょうとつにびっくりしたと見え、巨体をゆすると、ざんぶりと海水の中へ身を投げた。そのあたりが、きらきらと、まぶしく光った。それは、海水の飛沫《ひまつ》が、日に照りはえたようでもあったが、それにしては、あまりに強い光のように思われた。しかしそのきらきらきらは、恐竜がそれまでに腹ばいになっていた岩の上で特にきらきらきらとかがやいたように見えた。
「ううーッ。あれだ」
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