びは、ポチ以上であったことはいうまでもない。
 ラツール記者は、結局十ドルだけ損をしたことになる。しかしそれは、十ドル支払った当《とう》ざのことであって、やがて彼はその十ドルが自分の生命を買った金であったことに気がつく日が来るはずである。たった十ドルで生命が買えるなんて、ラツール氏はなんといういい買物をしたことであろう。しかしこのことも、そのときラツール氏はまだ気がついていなかった。
 大きな自然のふところにいだかれて、原始人《げんしじん》のような素朴《そぼく》な生活がつづいた。あるときは油を流したようをしずかな青い海の上を、モンパパ号は大いばりで進んでいった。またあるときは、ひくい暗雲《あんうん》の下に、帆柱のうえにまでとどく荒れ狂う怒濤《どとう》をかぶりながら、もみくちゃになってただようこともあった。
 朝やけの美しい空に、自然児《しぜんじ》としてのほこりを感ずることもあったし、夕映えのけんらんたる色どりの空をあおいで、神の国をおもい、古今《ここん》を通じて流れるはるかな時間をわが短い生命にくらべて、涙することもあった。
 航路は三日以後は熱帯《ねったい》に入り、それからのちはほと
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