た。
 犬は、たしかにポチだった。まっくらな海のこととてポチの顔は見えなかったが、こっちへ泳ぎよってきて、木片のうえへはいあがると、またわんわんと吠えた。
 玉太郎もその木片に両手ですがりついたが、それはどうやら扉らしかった。
 玉太郎は、ポチにならってその上へはいあがろうとしたが、扉は一方へぐっとかたむき、そしてやがて水の中へ扉はしずんだ。ポチは、ふたたび海の中におちて泳がねばならなかった。玉太郎は、その扉の上にはいあがることをあきらめた。
 扉は、間もなく元のように浮きあがった。ポチも心得てそのうえにはいあがった。玉太郎は扉につかまったまま、流れていく覚悟《かくご》をした。
 ようやくすこし、心によゆうができた。
「いったい、どうしたのかしらん」
 玉太郎は、しいて記憶をよびおこそうと努力した。
「そうそう、舳《へさき》のところにいたまでは覚《おぼ》えている。と、とつぜんあたりが火になって……その前に甲板がぐらぐらとゆれ……大音響がして、そのあと……そのあとは覚えていない。その次は……こうして海の中にいた。そうか。船から放りだされたんだ。船はどこへいったろう」
 玉太郎はあたりを一
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