れるのを忘れて、その潜水艦が海の中へ潜ってしまえば、小麦粉はもう、永久にサヨナラだ」
「ああ、分かりました」
 ぼくたちは操縦を一生けんめいに練習した。アミール技士は、ぼくたちの熱心さに対し、第一等のことばでほめた。
 ぼくたちが、たいへん熱心なのには、別にわけがあった。それはこの豆潜水艇を手に入れてからあとで、サムとぼくとが、すばらしい計画を思いついたからだ。その計画を思う存分行うためには、豆潜の操縦がうんと上手になっていた方がよいのであった。
 みなさん、ぼくの大計画が何であるかお分かりですかな。
 もうここでお話してしまいましょう。それはね、ぼくたちは豆潜水艇を使って、海の中に恐龍《きょうりゅう》を出すのである。
 恐龍! 知らない人はないでしょうね。
 数千万年前に、地球の上にすんでいたという巨大な爬虫類《はちゅうるい》である恐龍。頭の先から尻尾まで三十何メートルもあるというすごい恐龍。いつだったか、ヒマラヤ山脈のふもとの村にあらわれて、人々をおどろかしたというあの恐龍。トカゲのくびを長くして、胴中《どうなか》をふくらませたような形をして、列車の上をひょいとまたいで行ったという恐龍。それから今から二十何年前、スコットランドのネス湖《こ》のまん中あたりで、長いくびをひょっくり出していて、土地の人に見つけられたというあの太古《たいこ》の怪獣である恐龍! この恐龍を、ぼくたちは豆潜を使って海中に出す計画なのだ。
 いったいどうして、そんなことができるか、えへん、えへん。それがちゃんとできるのである。サムとぼくとで、とうとう考え出したことなのだ。
 その仕掛は、みなさんにうちあけると、こうだ。例の潜水艇にはマストがある。このマストに、作り物の恐龍の首をとりつけるのだ。もちろん、海水にぬれても、色や形がくずれない材料でこしらえておく。
 こうしておいて、豆潜を海の底から浮きあがらせたり、また急に沈ませたりする、するとどうなるだろう、大恐龍が海の中から首を出したり引込めたりするように見えるだろう。さあそのとき、すぐ前に汽船が通っていたらどうだろう。
 ――うわっ、恐龍が本船の間近にあらわれた。た、た、たいへんだ!
 と、そこで汽船の中は上を下への大そうどうとなり、無電を打ったりして、“大恐龍が熱帯海《ねったいかい》にあらわる。二十世紀の大ふしぎ”とて世界中に報道されて大さわぎになるだろう。
 ぼくたちは恐龍の目玉の中にとりつけてある写真機で、汽船のさわぎをいく枚も撮っておく。そして当分知らない顔をしているのだ。そして、夏休みがすんだ頃、“恐龍艇の冒険”と題する例の写真を発表して、全世界をげらげらと笑わせてしまおうというのだ。これが正直なところ、サムとぼくが考えた大計画の全部だった。
 ぼくたちは、この計画に必要な恐龍の頭部を設計し、航空便で本国に注文した。ぼくは、そういうものを製作している工場を前から知っていたのだ。その工場からはすぐ返事が来た。おそくも七日目には完成して、航空便でそちらへ送ると書いてあった。
 サムとぼくは、顔を見合わすと、うれしくなって、その場に踊り出した。

   恐龍艇《きょうりゅうてい》のりだす

 それから十日の後に、ぼくたちは、恐龍の頭部の作り物の荷物を受け取った。
 思いのほか小さいものであった。といって一メートル立方ぐらいの箱にはいっていた。ぼくたちは、ホテルの一室で、扉に鍵をかけ、この秘密の荷物を取り出した。
 すばらしい出来具合の恐龍の頭部が出て来た。さすがにあの工場だ。そしてぼくたちの設計よりもずっとかんたんに便利に、優秀に仕上げてあった。
 この恐龍の頭部をつくり上げている材料になるものは、目のこまかい鎖網《くさりあみ》であった。その上に絹製《きぬせい》の防水布《ぼうすいふ》と思われるものがかぶせてあり、これが、恐龍の皮膚と同じ色をし、そして上の方には目もあり口もあるのだ。たたみこむと、わずか一メートル立方の箱の中にらくにはいってしまうが、取り出してふくらますと、すばらしくでかいものになる。
 恐龍の目の中に、写真機がとりつけられるようになっていた。その外、ぼくの設計にはなかったが、恐龍が首を上下左右にふることのできる仕掛がついていた。それはあやつり人形と同じような仕掛で、何本かの鎖《くさり》が下に垂れていて、それを滑車《かっしゃ》とハンドルのついた巻取車で巻いたり、くり出したりすればいいので、この鎖はマストの中を通って艇内へ入れるようにと注意書きがしてあった。
 とつぜん扉がノックされた。
 鍵がかかっているので安心していたら、扉はがたんと開かれ、ボーイがはいって来た。
「きゃーっ」ボーイは、ベットのシーツをその場にほうりだして、逃げていった。
「しまったね。見られちゃったね」
「扉の鍵
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