恐龍艇の冒険
海野十三

−−
【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)熱帯多島海《ねったいたとうかい》へ

|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)熱帯|地理書《ちりしょ》

[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(例)べっこう[#「べっこう」に傍点]
−−

   二少年

 みなさん、ジミー君とサム君とを、ご紹介いたします。
 この二少年が、夏休みに、熱帯多島海《ねったいたとうかい》へあそびに行って、そこでやってのけたすばらしい冒険は、きっとみなさんの気にいることでしょう。
 さあ、その話をジミー君にはじめてもらいましょう。
 おっと、みなさん。お忘れなく、ハンカチをもって、こっちへ集まってきて下さい。なぜって、みなさんはこの話を聞いているうちに、手の中にあつい汗《あせ》をにぎったり、背中にねっとりと冷汗《ひやあせ》をにじみ出させたりするでしょうからねえ。いや、まだあります。おへそが汗をかくこともあるのですよ。
 では、ジミー君。どうぞ……。
 熱帯多島海《ねったいたとうかい》へ! 夏休みほど、退屈《たいくつ》なものはない。
 わが友サムは、そのことについて、ぼくと同じ意見である。
 いよいよ夏休みが、あと五週間ののちにせまったときに、サムとぼくは大戦慄《だいせんりつ》をおぼえ、頭のかみの毛が一本一本ぴんと直立《ちょくりつ》したほどである。
 ぼくたち二人は、おそるべき夏休みの退屈からのがれるために、どんなことをしていいのか、それについて毎日協議した。
 その結果、ぼくたちは、ついにすばらしい「考え」の尻尾《しっぽ》をつかんだのである。それはいつもの夏休みとはちがい、こんどの夏休みには、思い切って、さびしいところへ行ってみよう。それには熱帯地方《ねったいちほう》の多島海《たとうかい》がいいだろうということになった。
 熱帯地方の多島海のことは、学校で勉強して知っていた。やけつく強い日光。青い海。白い珊瑚《さんご》。赤い屋根。緑の密林《ジャングル》。七色の魚群《ぎょぐん》。バナナ。パパイヤ。サワサップ。マンゴスチン。海ガメ。とかげ。わに。青黒い蛇(こんなものは、あんまり感心しないね)それからヤシの木。マングロープの木。ゴムの木。それからスコール。マラリヤ。デング熱のバイ菌《きん》。カヌーという丸木舟。火山。毒矢……ああ、いくらでもでてくる。が、このへんでやめておこう。
 とにかくすばらしいではないか、熱帯地方の多島海は!
「よし、行こう」
「それできまった。行こう、行こう」
 ぼくもサムも、語り合ったり、熱帯|地理書《ちりしょ》のページをくったりしているうちに、すっかり熱帯多島海のとりこになってしまった。もう明日にも行きたくなった。
 二人とも気が短い。夏休みはまだ四週間あまりたたないと来ないのである。
「ああ、夏休みになるまで、ずいぶん日があるよ。退屈だねえ」
「今年は暑いから、夏休みを一週間早くしてくれてもよさそうなもんだね」
 サムも、ぼくも、好き勝手なことをいう。
 が、出発の日まで、それほど退屈しないですんだ。というのは、熱帯地方で六十日をおもしろくあそぶためには、ぼくたちは、いろいろと用意をしておかなくてはならない仕事があったからだ。
 そこでいよいよ夏休みの初日が来て、ぼくたち二人は、飛行艇にのりこんで出発した。ははははは、すばらしい冒険旅行の門出である。
 飛行艇は、すばらしいね。「すばらしいね」というのは、ぼくやサムの口ぐせだと非難する友人もあるが、しかしほんとうにすばらしいことばっかりにぶつかるんだから、すばらしいといいあらわすしかないんだ。飛行艇が離水する前に、はげしいいきおいで水上|滑走《かっそう》をする。そのとき浪《なみ》がおこって、窓にぶつかる。窓は浪で白く洗われ、外が見えなくなる。そして艇は、もうれつにエンジンをかけているから、ものすごい音をたてて走っている。今にも艇が破裂しそうだ。と、とつぜん、そのすごい音がやんで、しずかになる。すると窓のくもりが取れて、外の景色が見えだす。そのときは飛行艇が離水したのだ。
 ぼくは、飛行艇が水上滑走をはじめ、それから離水するまでが、大好きだ。ことに離水した瞬間のあの快《こころよ》い感じは、とてもいいあらわすことができない。ほい、しまった。ぼくは熱帯の冒険の話をするのに、飛行艇のことばかり語っていた。話を本筋へもどす。
 その飛行艇は、たった二日で、ぼくたちを、注文どうりの熱帯多島海へはこんでくれた。そして、ぼくたちは、ギネタという小さい町へ入ったのだ。
 ギネタは、人口八千人ばかりの、小都会であった。しかし、これでも多島海第一の都会であった。以前は、このギネタに、多島海|総督府《そうとくふ》があり、総督がいたそうな
次へ
全7ページ中1ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
海野 十三 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング