おそれがあるので、いい加減に潜航にうつった。

   いたずらの祟《たた》り

 大汽船グロリア号に出会ったのは、その翌日のことだった。
「おう。来るぞ来るぞ。こっちへ来る。でかい汽船だ。一万トン以上の巨船《きょせん》だ」
 サムが見張番だったが、えらい声をあげた。そこで急ぎ潜航に移った。
 あとは潜望鏡だけで覗《のぞ》いている。
 巨船は、何にも知らず近づいて来るようである。
「ねえサム。あの汽船は、きっといい望遠鏡を持っているだろうから、遠くの方で浮きあがって、近くへ寄らないのがいいだろう」
「うん。しかし、あまり遠くはなれては、相手の方で恐龍の存在に気がつかないかもしれない。花火をあげる用意をしておけばよかったね」
「恐龍が花火をあげるものか」
 結局のところ、恐龍号はグロリア号の針路前を横切ることになった。距離は半マイル。これならいやでも相手は気がつく。
 ぼくたちは念入りに、海面から恐龍を出した。しきりに恐龍の頭をふり動かした。口もあいてみせた。
 このきき目は大したものであった。巨船の甲板では乗組員や船客が、あわてて走りまわるのが潜望鏡を通して見えた。ライフボートは用意され、船客たちは大あわてで乗りこんだ。
「ふふふ、これが、こしらえ物の恐龍だと分からないのかなあ。船長まであわてているらしい」
「おやおや、針路をかえだしたぞ。逃げだすつもりと見える」
 巨船は大きな腹を見せ、浪を白くひいて変針《へんしん》した。そのあわてた姿は、乗組員や船客のさわぎと共に、ぼくらの写真機におさめられた。巨船は、やがてお尻をこっちへ見せて、全速力で遠ざかっていった。
 ぼくたちは、手を叩《たた》き、膝をうち、ころげまわって笑った。
 恐龍号は、それからギネタの方へ引っ返した。しかし、日はまだ高いので、港へはいることはよくなかった。そこでぼくたちは相談して、ギネタの[#「ギネタの」は底本では「キネタの」]北東七マイルのところにある小さい無人島へ艇をつけ、夕方まで休むことにした。そこはマングロープの密林が海の上まで押し出していたので、その密林のかげにはいっていれば、恐龍の長い首も海面から見える心配がなかった。
 ぼくたちは、その無人島のかげへ早くはいってよかったと思った。というのは、それから間もなく、頭上をぶんぶんと飛行機がいく台もとび交《か》い、うるさいことになったからだ。察するところ、例の巨船グロリア号が、ぼくらの恐龍を見てびっくり仰天《ぎょうてん》し、そのことを無電で放送し、救助をもとめたため、救助の飛行機が方々からこっちへ飛んで来て、空中からの捜索《そうさく》をはじめたのであろう。
 次から次へと、新しい飛行機がのぞきにやってきた。だんだん大型機へかわっていった。
「しょうがないね。まだ飛行機のやつ、下界をのぞいているぜ」
「困ったねえ。もうすぐ日が暮れる。ぼくたちは夜間航海を習っていないから、明日の朝まで、ここを動くことはできやしないよ」
「そんなら、今夜はここに泊《と》まろう[#「泊《と》まろう」は底本では「泊《とま》まろう」]」
 ぼくたちは無人島のかげで一泊することになった。夜になっても飛行機はまだ捜索をつづけていた。中にはごていねいに照明弾を落としてゆく飛行機もあった。
「いやに大がかりになって来たね」
「きっと恐龍事件は世界中の大ニュースになって、さわがれているんだぜ」
「痛快だなあ。しかしカ[#「カ」に傍点]が多くていけないや」
 夜は白《しら》みかかった。
 さあ、早いところ帰航しようと思って、あたりの物音に耳をすました。すると、小さいながらぶーんと飛行機の音が聞こえるではないか。
「だめだ。まだ飛行機が、空にがんばっているよ」
「夜がすっかり明けちまうと、ちょっと出にくいんだ。困ったね」
 夜が明けた。飛行機の数はふえた。これではいよいよ動けない。
 その日も一|泊《ぱく》、次の日も、やむを得ず一泊した。困ったのは食糧だ。もっと持ってくればよかった。水は完全になくなった。上陸してヤシの実のくさい水をのんで、ようようのどのかわきをとめて生きていた。

   恐龍《きょうりゅう》出現《しゅつげん》

 四日目の朝のこと、起きて船の外へ出てみると、うれしや飛行機の音がしない。そこでサムを起こした。
「よし、今のうちに出航だ。しかしその前にヤシの実を十個ばかり拾《ひろ》って、艇内にはこんでおく必要がある。これからまだどういう目にあうかもしれないから、水の用意はしておかないといけないんだ」
「なるほど。では二人で、五個ずつ拾ってくればいいんだね。ゆこう」
 サムとぼくとは急いで上陸した。それから近くのヤシの林へはいって、なるべく色の青いヤシの実を拾いあつめた。
 五個のヤシの実は、やっと両手に抱えて持ちはこびができる。ぼく
前へ 次へ
全7ページ中5ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
海野 十三 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング