とサムとは、うんうんいいながら林を出て、艇のつないである湾の方へよたよた歩いていった。
 そのときである。サムが、「あっ」といって立ちどまった。
「どうした、サム」と、ぼくはたずねた。
「うむ。ぼくの目はどうかしているらしい。恐龍の首が二つ見えるんだ」
「あははは、何をいっているか」
 と、ぼくはばかばかしくなって、湾の方を見た。
「あっ!」
 ぼくの腕からヤシの実がころがり落ちた。ぼくの膝は急にがくがくになった。のどがからからになって、声がでなくなった。なぜ? なぜといって、ぼくは見たのだ。ぼくらの恐龍のそばに、もう一頭の恐龍が長い首をのばし、口を開いたり閉じたりして、のそのそしているのであった。それに、作り物の恐龍でないことは、一目で分かった。大きな胴が、マングロープをめりめりと押し倒している。長い尻尾が、ぱちゃんと大きくヤシの梢《こずえ》を叩く。ころころとヤシの実がころがるのが見える。ほんものの恐龍だ。
「逃げよう、本物の恐龍だ」
 サムもこのとき悟《さと》ったと見え、ぼくの腕をとった。ぼくは無言で廻れ右をして走り出した。密林の奥深くへ……。
「おどろいたね。この島には本物の恐龍がすんでいるんだよ」
「恐龍島って、ほんとうにあるんだな。あいつは人間を食うだろうか」
「恐龍は爬虫類《はちゅうるい》だろう。爬虫類といえばヘビやトカゲがそうだ。ヘビは人間をのむからね。従《したが》って恐龍は人間を食うと思う」
「なにが『従って』だ。食われちゃ、おしまいだ。ああ、困ったなあ」
「ぼくはそんなことよりも、あのけだものが、ぼくらの恐龍号の恐龍に話しかけても返事をしないものだから、腹を立ててしまってね、ぼくらの艇をぽんと海の中へけとばして沈めてしまやしないかと心配しているんだ」
「あっ、そうだ。昇降口《しょうこうぐち》をしめてくるのを忘れたよ。困った。本物の恐龍は相手が口をきかないものだから、きっと腹を立てるだろう」
「そうなれば、ぼくらは、乗って帰る船がなくなるよ。そしてこの島に本物の恐龍といっしょに住むことになるだろう」
「わーっ。本物の恐龍と同居《どうきょ》するなんて、考えただけで、ぶるぶるぶるぶるだ」
 サムは全身をこまかくふるえて見せた。
「ねえ、サム。恐龍は、鼻がきくだろうか。つまりにおい[#「におい」に傍点]をかぎつけるのが鋭敏《えいびん》かな」
「なぜ、そんなことを聞くんだい」
「だって、ぼくはこれからそっと湾の方へ行って、本物の恐龍がどうしているか見てこようと思うんだ。しかし、もし恐龍の鼻がよくきくんだったら、ぼくが近づけば、恐龍に見つかって食べられてしまうからね」
「恐龍の臭覚《しゅうかく》は鈍感《どんかん》だと思う。なぜといって、ぼくらの作り物の恐龍のそばまで行っても、まだ本物かどうか分かりかねていたからね」
「じゃあ行ってみよう」
「ぼくも行く」
 ぼくたちは、足音を忍《しの》びつつおそるおそる湾の見えるところまで行った。
「おや恐龍はいないぞ」
「ほんとだ。今のうちに、恐龍号に乗って逃げようよ」
「よし、急げ、早く」
 今から考えると、そのときどうして恐龍号にとびこんだか、どうして出帆《しゅっぱん》したか、昇降口は誰がしめたのか、そんなことはすこしも記憶していない。とにかく生命を的《まと》にして、早いところ片づけて、沖合いめがけて逃げ出したのだ。もちろん潜航なんかしない。浮上したままの全速力で白浪をたてて走った。気が気ではなかった。今にも恐龍が追いかけて来るかと……。
 ギネタ湾頭の浅瀬《あさせ》に艇をのしあげて、ぼくたちは「やれやれ助かった」と思った。ぼくたちは艇をとび出して、水を渡って海岸の砂の上に馳けあがり、気のゆるみで二人とも、人事不省《じんじふせい》に陥《おちい》った。
 ぼくたちは知らなかったが、近くにいた人々は胆《きも》をつぶしたそうな。そうでもあろう。全速力で恐龍が海岸めがけて押し寄せて来たと思ったら、浅瀬にのしあげ、中から二人の少年がとび出してきて、砂の上でひっくりかえってしまったんだから。
 ホテルでも、ぼくたちが三日三晩も、もどらないものだから、恐龍にさらわれたにちがいないと、手わけして探していたそうである。
 ぼくたちは運よく生命を拾《ひろ》って、本国へもどることが出来た。いろいろ大損害もしたけれど、その後「恐龍艇の冒険」だの「恐龍を見た話」などを放送したり、本にして出版したりしたので、たいへん儲《もうか》って金もちになった。このつぎの休暇《きゅうか》には、日本へ行ってみたい。こんどサムに相談してみよう。



底本:「海野十三全集 第13巻 少年探偵長」三一書房
   1992(平成4)年2月29日第1版第1刷発行
入力:海美
校正:もりみつじゅんじ
2000年1月22日公開
2006
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