の瞬間、不図《ふと》室内に人の気配を感じたので、ハッとなって背後《うしろ》を振りかえった。
「静かにしろ。動くと撃つぞ。――」
気がつかなかったけれど、いつの間に現れたか、一人の怪漢がジュリアを睨《にら》んでヌックと立っていた。左手には古風な大型のピストルを持ち、その形相《ぎょうそう》は阿修羅《あしゅら》のように物凄かった。彼の片頬《かたほほ》には見るも恐ろしい蟹《かに》のような形をした黒痣《くろあざ》がアリアリと浮きでていた。これこそ噂《うわ》さに名の高い兇賊《きょうぞく》痣蟹仙斎《あざがにせんさい》であると知られた。
ジュリアはすこし蒼《あお》ざめただけだ。さして驚く気色《きしょく》もなく、化粧鏡をうしろにして、キッと痣蟹を見つめたが、朱唇《しゅしん》を開き、
「早く出ていってよ。もう用事はない筈よ」
「うんにゃ、こっちはまだ大有《おおあ》りだ」と憎々《にくにく》しげに頤《あご》をしゃくり「貰いたいものを貰ってゆかねば、日本へ帰ってきた甲斐がねえや。――」
「男らしくもない。――」
「ヘン何とでも云え。まず第一におれの欲しいのはこれだア。――」
痣蟹はジリジリとジュリアに近づ
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