屠《ほふ》った恨深い殺人者について訴えたいように見えたが屍体はもう一と口も返事することができなかった。
兄の一郎は涙を拭うと、血にまみれた屍体を覗きこんだ。そのとき彼は屍体の頤《あご》のすぐ下のところに深い、溝《みぞ》ができているのを発見した。よく見ると、その溝の中には細い鋼《はがね》の針金らしいものが覗いていた。
「おや、これは不思議だ。絞殺されたのかしら」と一郎は目を瞠《みは》った。「それにしても、胸許を染めている鮮血《せんけつ》はどうしたというのだろう」
絞殺に鮮血が噴《ふ》きでるというのは可笑《おか》しかった。なにかこれは別の傷口がなければならない。一郎は愛弟四郎の屍体に顔を近づけた。そして注意ぶかく、屍体の頭に手をかけると首をすこし曲げてみた。
「ああ、これは……」
屍体の咽喉部は、真紅な血糊《ちのり》でもって一面に惨《むご》たらしく彩《いろど》られていたが、そのとき頸部《けいぶ》の左側に、突然パックリと一寸ばかりの傷口が開いた。それは何で傷《きずつ》けたものか、ひどく肉が裂けていた。その傷口からは、待ちうけていたように、また新しい血潮がドクドクと湧きだした。一郎はハッ
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