と屍体から手を離した。血潮は頸部を伝わって、スーッと走り落ちた。――何者かが頸動脈《けいどうみゃく》を切り裂いたのに違いなかった。
「なんという惨たらしい殺し方だ。頸を締めたうえに、頸動脈まで切り裂くとは……」
 だが、これは随分御丁寧な殺し方である。それほど四郎は、人の恨《うら》みを買っていたのだろうか。いやそんな筈はない。誰にも好かれる彼に、そんな惨酷な手を加える者はない筈《はず》だった。――一郎は、不審にたえない面持で、もう一度|創傷《きりきず》を覗きこんだ。その結果、彼は屍体の頸部に恐ろしいものを発見した。恐ろしい人間の歯の痕《あと》を!
 それは傷口に近い皮膚のうえに残っている深い歯の痕だった。一つ、二つ、三つと、三ヶ所についていた。もう一つの歯痕は見えなかった代りに、当然そこに歯痕のあるべき皮膚面が抉《えぐ》ったように切れこんでいた。恐らく上顎の糸切歯《いときりば》がここに喰いこんで、四郎少年の皮膚と肉とを破り、頸動脈をさえ喰い切ったのであろう。ああ、何者の仕業であろう。人間を傷つけるに兇器《きょうき》にこと欠《か》いたのかはしらぬが、歯をもって咬《か》み殺すとは何ごとであ
前へ 次へ
全141ページ中9ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
海野 十三 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング