ょう》へ電話をかけましょう」
「君のような弱虫の若者には始めて会ったよ。駄目な奴だ」
 教授はいつまでもブツブツ怒っていた。
 昼間丸ノ内を徘徊《はいかい》していた痣蟹が、深更《よふけ》になってなぜ屍体を盗んでいったのだろう。一郎はなぜ弟の屍体を追わなかったのだろう。果して彼は弱虫だったろうか。


   麗《うる》わしき歌姫《うたひめ》


 その翌日のこと、西一郎はブラリと丸ノ内に姿を現わした。そして開演中の竜宮劇場の楽屋《がくや》へノコノコと入っていった。赤星ジュリアの主演する「赤い苺《いちご》の実《み》」が評判とみえて、真昼から観客はいっぱい詰めかけていた。いま丁度《ちょうど》、休憩時間であるが、散歩廊下にも喫煙室にも食堂にも、「赤い苺の実」の旋律《メロディ》を口笛や足調子で恍惚《こうこつ》として追っている手合が充満《じゅうまん》していた。これが流行とはいえ、実に恐るべき旋律であった。
「まア西さん、暫《しばら》くネ――」
 とジュリアは一郎を快く迎えた。
「イヤ早速《さっそく》、僕のお願いを聞きとどけて下すって有難うございます。これで僕も失業者《しつぎょうしゃ》の仲間から浮び
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