がもう一秒遅かったとしたら、教授の額《ひたい》には孔があいていたかもしれない。
それから五分間――二人は鮑《あわび》のように固くなって、教壇の陰に潜《ひそ》んでいた。もうよかろうというので恐《おそ》る恐《おそ》る頭をあげて窓の方をみると、窓は明け放しになったままで、もう怪漢の姿がなかった。ホッと息をついた蝋山教授は、このとき眼を解剖台の上に移して愕然《がくぜん》とした。
「やられたッ。――屍体がなくなっている!」
なるほど、解剖台の上には屍体の覆布《おおい》があるばかりで、さっきまで有った筈の屍体が影も形もなくなっていた。
「彼奴《あいつ》が盗んでいったんですよ、ホラ御覧なさい」と一郎は床《ゆか》の上を指《ゆびさ》しながら「屍体を曳擦《ひきず》っていった跡が窓のところまでついていますよ。屍体を窓から抛《ほう》りだして置いて、それから彼奴が窓を乗越えて逃げたんです」
「うん、違いない。早く追い駆けてくれたまえ」
「もう駄目ですよ。逃げてしまって……」
「何を云っているんだ。君の弟の屍体なんじゃないか」
「追いついても、ピストルで撃《う》たれるのが落ちですよ。それよりも警視庁《けいしち
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