と》は功を急いでいかんネ」と蝋山教授がいった。「やはりこうして咽喉から胸部《きょうぶ》を切開して食道から気管までを取出し、端《はし》の方から充分注意して調べてゆかなけりゃ間違いが起る虞《おそ》れがあるのだ。急がば廻れの諺《ことわざ》どおりだて」
「時間のことは覚悟をしてきました。今夜は徹夜しても拝見《はいけん》します」
「うん。時刻はこれから午前二時ごろまでが一番油の乗るときだ。君の時刻の選択はよかったよ。しかしいくら弟の屍体かは知らぬが、君は熱心だねえ。もしここから上にあるものならば、必ず君の目的のものを発見してあげるから安心するがいい。イヤどうも皮下脂肪《ひかしぼう》が発達しているので、メスを使うのに骨が折れる。こんなことなら電気メスを持ってくるんだった……」
 といっているとき、ジジジーンと、壁にかけてある大きなベルが鳴りひびいた。それはあまりに突然のことだったので、教授は、
「ややッ――」
 とその場に飛び上ったほどだった。
「何でしょう、いまごろ?」
「ハテナ誰か来たのかな。この夜更に変だなア」と教授は頭を傾《かし》げた。
 そのとき、またベルがジジジーンと、喧しく鳴った。

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