中は行き停りだったらしい。口笛はまだ微《かす》かに鳴っている。
随分遠まわりをして、彼はやっと口笛のしていた場所へ出ることが出来た。それは悲鳴を聞いてから四五分ほど経ってのちのことだった。
「……?」
さて此処ぞと思う場所に出たことは出たけれど、そこには葉のよく繁った五月躑躅《さつき》がムクムクと両側に生えているばかりで、小径はいたずらに白く続き、肝腎《かんじん》の人影はどこにも見当らなかった。彼はなんだか夢をみていたのではあるまいかという気がした。
しかし彼は確かに悲鳴を自分の耳底に聞いたのだった。そして悲鳴などは、いまの彼として聞いてはならぬものだった。なぜならこの青年紳士は、先刻《さっき》から一人の肉親の弟を探しまわっているのであったから。
なぜこの紳士は、弟を探廻《さがしまわ》らなければならなかったか? それは後に判ることとして、今作者は、この場を語るにもっと急であらねばならないのだ。
彼はすこし気が落ちついたのであろうか、こんどはしっかりした態度に帰って、あたりを熱心に探しだした。ここの繁み、かしこの繁みと探してゆくうちに、とうとう彼は一番こんもりと繁った五月躑躅の
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