なたの心臓を
   ええ――
   あたしは吸血鬼……」
 赤い苺の実というのは、実は人間の心臓のことだと歌っているのである。ああ、あたしは吸血鬼!
 青年紳士はハッと吾れにかえった。賑《にぎ》やかな竜宮劇場の客席で聞けば、赤星ジュリアの歌うこの歌も、薔薇《ばら》の花のように艶《あで》やかに響くこの歌詞ではあったけれど、ここは場所が場所だった。黄昏の微光にサラサラと笹の葉が鳴っている藪蔭である。青年はその背筋が氷のようにゾッと冷たくなるのを感じた。
 と、――
 その刹那《せつな》の出来ごとだった。
 キ、キャーッ。
 突如、絹を裂くような悲鳴《ひめい》一声《いっせい》!
「呀《あ》ッ、――」
 それを聞くと青年紳士は、その場に棒立ちになった。悲鳴の起った場所は、いままで口笛のしていたところと同じ方向だった。大変なことが起ったらしい。青年紳士の顔色は真青《まっさお》になった。
 彼は突然身を躍らせると、柵を越えて笹藪の中に飛びこんだ。ガサガサと藪をかきわけてゆく彼の姿が見られたが、暫《しばら》くするとそのまま引返して来た。そしてまた小径に出て、こんどはドンドン駈けだした。どうやら竹藪の
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