のことだ、それは彼にも聞き覚えのある旋律《メロディ》であったではないか。それはいま小学生でも知っている「赤い苺《いちご》の実」の歌だった。この日比谷公園から程とおからぬ丸ノ内の竜宮劇場《りゅうぐうげきじょう》では、レビュウ「赤い苺《いちご》の実」を三ヶ月間も続演しているほどだった。それは一座のプリ・マドンナ赤星《あかぼし》ジュリアが歌うかのレビュウの主題歌だった。
「誰だろう?」
 青年は耳を欹《そばだ》てて、その口笛のする方を窺《うかが》った。それは繁みの向う側で吹きならしているものらしいことが分った。
「……あたしの大好きな
   真紅《まっか》な苺《いちご》の実
   いずくにあるのでしょ
   いま――
   欲しいのですけれど」
 青年は心配ごとも忘れて、その美しい旋律《メロディ》の口笛に聞き惚れた。まるでローレライのように魅惑的な旋律だった、そして思わず彼も、「赤い苺の実」の歌詞を口笛に合わせて口吟《くちずさ》んだのであった。……しかし、やがて、その歌の中の恐ろしい暗示に富んだ歌詞に突き当った。
「……別れの冬木立《ふゆこだち》
   遺品《かたみ》にちょうだいな
   あ
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