は心の落付きをとりかえすためであろうか、ポケットから一本の紙巻煙草《シガレット》をとりだすと口に銜《くわ》えた。マッチの火がシューッと鳴って、青年の頤《あご》のあたりを黄色く照らした。夕闇の色がだんだん濃くなってきたのだった。
 いま青年の立っているところは、有名な鶴の噴水のある池のところから、洋風の花壇の裏に抜けてゆく途中にある深い繁みであった。小径の両側には、人間の背よりも高い笹藪《ささやぶ》がつづいていて、ところどころに小さな丘があり、そこには八手《やつで》や五月躑躅《さつき》が密生していて、隠れん坊にはこの上ない場所だったけれど、まるで谷間に下りたような気持のするところだった。――青年は何ともしれぬ恐怖に襲われ、ブルブルッと身を慄《ふる》わせた。気がつくと、銜えていた紙巻煙草《シガレット》の火が、いつの間にか消えていた。
 そのとき、何処からともなくヒューッ、ヒューッ、と妖《あや》しき口笛が響いてきた。無人境《むにんきょう》に聞く口笛――それは懐《なつか》しくなければならない筈のものだったけれど、なぜか青年の心を脅《おびや》かすばかりに役立った。聞くともなしに聞いていると、なん
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