ーの中では酔いのまわった客の吐き出す声がだんだん高くなっていった。時計は丁度十時四十五分、支配人が奥からでてきてジャズ音楽団の楽長に合図《あいず》をすると、柔かいブルースの曲が突然トランペットの勇ましい響に破られ、軽快な行進曲に変った。素破《すわ》こそというので、客席から割れるような拍手が起った。客席の灯火《あかり》がやや暗くなり、それと代って天井から強烈なスポット・ライトが美しい円錐《えんすい》を描きながら降って来た。
「うわーッ、赤星ジュリアだ!」
「われらのプリ・マドンナ、ジュリアのために乾杯だ!」
「うわーッ」
その声に迎えられて、真黒な帛地《きぬじ》に銀色の装飾をあしらった夜会服を着た赤星ジュリアが、明るいスポット・ライトの中へ飛びこむようにして現われた。
そこでジュリアの得意の独唱が始まった。客席はすっかり静まりかえって、ジュリアの鈴を転ばすような美しい歌声だけが、キャバレーの高い天井を揺《ゆ》すった。
「どうもあの正面の円柱が影をつくっているあたりが気に入りませんな」
と大江山捜査課長が隣席の雁金検事にソッと囁いた。
「そうですな。私はまた、顔を半分隠している客がな
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