てしまった。
 酒盃のカチ合う音、酔いのまわった紳士の胴間声、それにジャズの喧噪《けんそう》な楽の音が交《まじ》りただもう頭の中がワンワンいうのであった。
 この喧噪の中に、室の一隅の卓子を占領していたのは大江山捜査課長をはじめ、手練の部下の一団に、それに特別に雁金《かりがね》検事も加わっていた。いずれも制服や帯剣を捨てて、瀟洒《しょうしゃ》たる服装に客たちの目を眩《くら》ましていた。なお本庁きっての剛力刑事が、あっちの壁ぎわ、こっちの柱の陰などに、給仕や酔客や掃除人に変装して、蟻も洩らさぬ警戒をつづけていた。かれ等一行の待ちかまえているものは、奇怪なる挑戦状の主、痣蟹仙斎の出現だった。痣蟹はいずこから現れて、何をしようとするのであろうか。
 ところがその夜の客たちは、検察官一行とは違い、また別なものを待ちかまえていた。それは今夜十時四十分ごろに、このキャバレーに特別出演する竜宮劇場のプリ・マドンナ、赤星ジュリアを観たいためだった。ジュリアの舞踊と独唱とが、こんなに客を吸いよせたのであった。
 夜はしだいに更《ふ》けた。屋外《そと》を行く散歩者の姿もめっきり疎《まば》らとなり、キャバレ
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