ネ。しばらく会わないうちに、貴下《きか》の眼力《がんりき》はすっかり曇ったようだ。日比谷公園の吸血屍体の犯人を痣蟹の仕業《しわざ》とみとめるなどとは何事だ。痣蟹は吸血なんていうケチな殺人はやらない。嘘だと思ったら、今夜十一時、銀座のキャバレー、エトワールへ来たれ。きっと得心《とくしん》のゆくものを見せてやる。必ず来《きた》れ!
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[#地から1字上げ]痣蟹仙斎」
 課長は駭《おどろ》いて、手紙を持ってきた刑事を呼びもどした。誰がこのような手紙を持ってきたのかを訊ねたところ、受付に少年が現れてこれを置いていったということが分ったが、探してみてももう使いの少年の行方は知れなかった。だがこれは痣蟹の手懸りになることだから、厳探《げんたん》することを命じた。そしてその奇怪な挑戦状を握って、総監のところへ駈けつけた。
 その夜のことである。
 銀座随一の豪華版、キャバレー・エトワールは日頃に増してお客が立てこんでいた。客席は全部ふさがってしまったので、已《や》むを得《え》ず、太い柱の陰にはなるが五六ヶ所ほど補助の卓子《テーブル》や椅子を出したが、これも忽《たちま》ちふさがっ
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